斎藤に来たEメールから 2004年8月5日
そして私自身の状態ですが無為療法を知ってから、まだ4ヶ月くらいだと思いますが以前はインターネットばっかりしていて一日中動かないおかしな世界での生活をしていたのですが、現在は雑用が楽しくなり洗物がたまったりしていると嬉しくてすぐにやってしまいます。ゴミ焼き、風呂掃除なども私の当番で
す。洗濯も時々します。部屋も比較的きれいな状態を維持しています。筋トレも無理しないペースで2ヶ月続いています。
以前は気にする余裕の無かった爪きりや歯磨き、自分を清潔に保つことが程よく自然にできるようになっています。インターネットやテレビなどもときどき、だらだら見てしまうこともあるのですが、大抵は自然とバランスよく配分出来ています。おぼろげながら韓国に行きたいと思い韓国語も少しずつ勉強して
います。友達にバイトを一緒にやろうと誘われたので無理をしないでもできる感じならやろうと思います。散歩や家事、母親の副業の手伝いだけでは物足りないし時間も余って余計なことを考えしまいます。余った時間に時々サブリミナルCDを聞いてしまいます。無意識のうちにサブリミナルに頼っているのか
もしれません。
それでも以前のような自分への対話や命令もなくなり自然に行動している感じです。ただ寝れないときや疲れているときなど、ときどき妄想してしまい思い出し笑いをしてしまったりします。ただこれもその世界にどっぷりはまることも無くなりました。でも、毎日充実した睡眠をしっかりとるのはとても大事だ
と思います。
毎朝、車に犬を乗せて母親と散歩をしに行くのも楽しいです。ただ今でもときどき女性や、周りの人の動作に脳が勝手に反応してしまい恥をかいてしまうことがあります。そんなときでも自分への対話はありませんが、その恥を割り切れずに考えてしまいそうになることがあります。脳が反応してしまったときの
対処は結構難しいものです。そこの所を私は理解していなかったのかもしれません。でも以前のように脳がカーっと熱くなる感じは無くなりました。
まだ強い不安が起こるようなことは避けているのですが、自然とやろうと思っていることをやっている状態です。無理をしていないのですが行動範囲もいつのまにか広がっている感じです。
私はもう神経症治癒には無為療法しかないことを確信しています。今までいろいろな本を読んできたのですが「これはいい!」と思って実行したことでもその瞬間だけ改善したように思えても結局内面での対話にとらわれてしまい駄目です。一見、「やるべきことに心を向ける」など効果がありそうに見えますが私の場合結局、自分の内面にこの言葉を語りかけているだけで精神的に疲れる状態になっています。これでは長続きするわけがありません。
あと薬物療法については、不安が起きたからといってその場しのぎに飲まずに決められた時間に決められた用量を飲むのは悪くないと思います。私の場合はSSRIの薬を一錠とADHDのリタリンを半錠を一日3回飲んでいます。ある程度まで言ったら医者の指示にしたがって徐々に減らしていこうと思います。
あとインターネット上で無為療法を批判する人がいますがそういう人達は純粋な心をもてない悲しい人達だと思います。そう言う人達は直る見込みが無いのではないかと思います。直る見込みがある人は文章にも少しは純粋さや、真摯な思いがにじみ出るものだと思います。
中には斎藤先生を神経症の世界に引きずり込もうとする人いると思いますが、彼らには無為療法が染み付いている斎藤先生がビクともしないことを分かっていないと思います。私もこれからですが、世の中には私よりももがき苦しんでいる人が非常に沢山いると思います。これらの人達のために無為療法をより普及していってほしいと思います。私も確固たる自信がつきましたらなにかお役にたちたいとおもいます。
斎藤に来たEメールから 2004年7月5日
斉藤先生へ
お久しぶりです。
以前メールさせて頂いたのは4月末ころだったと思います。あれからずっとなにもしないを続けています。ぶり返しもほとんどなく忘れかけていたんですが僕の周りの人たちからの指摘を受けて斉藤先生に経過報告をしようとおもってメールしました。
なんかいつも周りにいる人(友人や親や仕事関係)からみて明らかに行動の幅が増えているみたいです。4月くらいまではやるきのない出不精なやつって思っていたのがここ最近コンパやスポーツやショッピングをはじめてなんかあったのかと聞かれました。自分では全然意識していなかったんですがたしかに行っていることが以前とは愕然と違うことに気づきましたよ。
なんか今までは無理して気を紛らわすために行動していたことが単に「健康のため」にスポーツ(フィットネスやプール)を始めましたし、「ほしいのが買いたい」からデパートにいったり。別にあたりまえの事なんですが以前はそれができなかったんですね。確かに神経症になる前はこんなことが普通だったですよ。なんだったんだろうこの3年間はってかんじです。
神経症を理屈で理解しようとしていたのが落とし穴だったんですね。最近はぶり返しがきたときは「迷う前にやってしまえ」って感じで行動しています。ぶちゃけこの2ヶ月楽しいです。あたりまえが当たり前にできてそれを意識しなくなってきています。
以前神経症がひどいときに以前神経症だった知り合いにこういわれたことがありました。僕が「おまえは神経症が治ったからいいんだろ。今神経症の俺の気持ちなんかわかんねえだろ」っていったら知り合いは「そうだよ。自分は治ったからいいし、今神経症のおまえの気持ちなんかわかりたくもない」っていわれ僕は3年間彼の事を逆恨みしましたが今考えれば彼の言うとおりだし神経症を治すすべての言葉だったような気がします。
治すも治さないも自分で決めれる病気なんですね。僕はこれからも治すって方を選択します。以前斉藤先生におしえてもらった「何もしない強さ」ってのが体感し始めたところです。あと不思議なんですが人前で字を書くと手が震える症状がいまありません。
正気と狂気の違い 投稿者:ネオ
投稿日: 7月 7日(水)01時27分28秒
神経症真っ只中の時には、部屋の中で考え込むことが正常に思えました。
しかし、今振り返ると甚だ気持ち悪いし、無駄なことに時間を費やしたこと
を大変後悔しています。斉藤さんも大変後悔したことでしょう。
狂っていることに気が付かないから、症状が進行してしまうのです。
狂っているときは、頭の中で自問自答する声が聞こえました。
でも、今は聞こえません。なぜなら、周囲に意識が向いているからです。
自分の内面を見つめる暇がないわけです。あまり良い表現ではありませんが、
内面が空っぽになってしまった感じがします。何も考えてないというか…。
でも、神経症真っ只中のときより、はるかに自己主張するようになりました。
頭空っぽのくせに、言葉が自然と出てくるのです。不思議ですね。
黙って淡々と雑用してれば、こうなります。自然治癒っていうのかな。
神経症で苦しんでいる方々、薬や心理学じゃ治らんよ。マジで。
斉藤さんへ 投稿者:あいこ
投稿日: 7月 6日(火)13時09分26秒
私は以前、妊娠中にひどいパニック障害と強迫観念で悩み斉藤さんに相談をしたも
のです。無事に出産し今子育て真っ最中の日々です。なぜ投稿したかというと斉藤さんのHPで学のない私なりに難しい神経症のメカニズムを理解でき、神経症
からの開放へのヒントを提供してくださった斉藤さんにありがとうございますとお礼を一言言いたかったからです。
あの頃は自分が「心がおかしくなってしまったのか」と恐怖に陥りそんな自分を嘆きもう、何がなんだかわからない状態になっていました。今思うと脳がきちん
と作動していないのだからおかしくて当たり前の状態だったんだと思います。考えてることすべておかしかったです。今はただ、あのころの時間がもったいな
かったなあと思うだけです。斉藤さんのHPで神経症が脳の作動異常によるものだということを知らないでいたらいまもきっと時間を無駄にして鬱々していたこ
とでしょう。今、元気な私は神経症を克服したわけでも強くなったわけでもありません。元に戻っただけです。あえて変わった部分があるといえば神経症という
ものが脳の異常だということを知っているということだけです。
ちょっと一言 投稿者:tornado
投稿日: 7月 5日(月)00時19分20秒
はじめまして。一度だけ投稿したいと思います。
無為療法を頑張るというのはまずいですよ。
頑張ってしまえば、いままで試してきたいろいろな療法と同じ結果になってしまいます。
無為療法をもっとよく理解してください。
また、無為療法にとらわれず自分の意見(意思)をちゃんと持つことも大事だと思います。
惑わされ病 投稿者:バブルス
投稿日: 7月 4日(日)02時36分55秒
私の持論でいうと神経症は惑わされ病である。神経症者はこの情報化社会において
年中他人の意見に惑わされている。会社に行けば同僚に惑わされ、上司に惑わされ、本を買ってくれば本に惑わされ、病院にいけば先生に惑わされ、家に帰れば
テレビに惑わされインターネットに惑わされ・・・。まったく自分の意見などありはしない。自分が居なく感じて当然である。心が安定するはずがない。神経症
者のかくあるべしはただ他人の奴隷になっているだけである。しかし神経症者はそれに気づいていない。他人の意見を自分の意見と勘違いしている。そしてそれ
が苦しみの根源だということにも気づいていない。
こういう人たちは一生周りに惑わされて終わるのでしょう。そして死ぬ間際に「いったい俺はなにがしたかったのだ」と嘆くことでしょう。
赤ん坊 投稿者:バブルス
投稿日: 6月30日(水)03時12分21秒
神経症者はまだ一人では立てないような赤ん坊に戻ったのである。しかしこの赤ん坊は
どうすれば立てるのですか?と聞いてまわる。自分一人で立ち上がろうとはせずにただ助けを求めて泣いているだけのどうしようもない赤ん坊である。こんなこ
とでは一生立ち上がることはできない。一生赤ん坊のまま自由のない人生で終わるのである。今日も助けを求めてこのホームページにやって来たのだろう。救い
ようのない赤ん坊である。
私はいつも偉そうなことを言っているがまだ二十歳である。だが貴方達よりは大人である。私は大人なのでいつまでも赤ん坊の相手をしているわけにはいかない。やりたいことが山ほどあるので失礼させていただく。
当たり前のこと 投稿者:バブルス
投稿日: 6月28日(月)17時09分1秒
神経症者は誰でもできるような当たり前のことはやらない。そのくせ何か特別なことがしたいと願う。そんなものは向上心でもなんでもなく単なる妄想である。当たり前をやらない人間は結局何もやらない人間なのである。
はじめまして 投稿者:轟
投稿日: 6月27日(日)13時52分5秒
はじめまして。10年ほど前から神経症とのキャッチボールが始まりました。対人が主で、お馴染みの加藤本も読みに読んで、カウンセリングも3年ほど受けました。失敗を繰り返しながら、それでも前進し続け、このHPにたどり着きました。一年半前です。
初めて見たときは、「あー、これだ。」と思った記憶があります。そこから1年間は無為療法に失敗しました。どん底から全てを吹っ切って、何もしないに入れ
たのが半年前です。無為療法も脅迫雑用観念も相手にしないだけの腹がくくれたのが、半年前です。そこから、自然と気の向く方へにゆっくり流れている自分に
後から気づくようになっていました。
今は、忘れてしまっているか、出てるかのどちらかですが、まだまだです。まだまだを掘り起こすと、いくらでも掘り起こして自分が沈んで周りが迷惑するだけなので、もう知りません。それで、仕事と遊びを結構楽しんでいます。寝るのも大好きです。
生活は何時の間にかぐっとよくなってきていますが、神経症関連のことに触れるとぐらっときてしまいます。そこが、弱味です。斎藤さんが、このHPを立ち上
げて8年間も続けられているというのは、本当にすごいなと尊敬します。最初の閃きを分けていただいたことに感謝致します。
私は都内勤務ですが、仕事の合間に公園で缶コーヒーとタバコのセットが気分転換です。自然と足を運んでしまいます。最近は蒸し暑くて汗をかきますが、憩い
の場です。都内は通勤電車が混みすぎなのが嫌ですが、結構公園が多い所が好きですね。秋になったら夏休みが取れるので、山梨の方まで紅葉ドライブ&温泉に
行きたいです。ありがとうございました。
無為療法 投稿者:バブルス
投稿日: 6月27日(日)02時28分19秒
無為療法を療法だと誤解している人がいる。無為療法をなにか特別な行動だろうと
誤解している人がいる。健康者からみれば無為療法は当たり前の行動であり、特別な行動でもなんでもない。特別な行動をしているのは神経症者の方だ。意味の
わからない宗教に入ってみたり、神経症の本を読み漁ったり、神経症が良くなった!とか神経症の治し方がわかった!などとわけのわからないことばかり言う。
これらすべて異常な行動である。神経症者の行動である。神経症者の行動をとって神経症が治るはずがあるまい。この掲示板で質問などしている暇があったら部
屋の掃除でもしていろ。やらなきゃいけないことあるだろいくらでも。なかったら遊びにでもいけばいい。
斎藤に来たEメールから 2004年6月23日
よくわからないし、うまくいえませんが、例えていうならばやらなければなならない大きな宿題があるのに鉛筆をけずったり、本や参考書の整理をしたり、勉強机の上を綺麗にしたら次に床の汚れが気になり掃除機をかけぞうきんがけをし、そしたら隣の部屋の汚れが気になり、次は玄関、寝室、庭、物置・・・
そしてああもう夕ご飯の時間だと気づき、おじいちゃんはお風呂の後に晩酌だから・・とお風呂とおつまみの準備をしなくちゃ!というような感じで、しなければならない宿題の事は
全く忘れてしまったわけではないのですが、それよりも掃除や家事やおばあちゃんのお手伝い、はたまた3日に一度祖父母の家に預けに来るいとこ(3歳と5歳)の子守など、他にやらなければならないことで毎日が大忙しになっています。
子供が公園に行きたいと騒げば、対人恐怖も一時何処かへ置いておいて外にでなければならないし、おじいちゃんがビールと刺身を買って来い!と言えば心の準備もなしに
近所のスーパーにも走っていかなければなりません。
自分では何も変わった等とは思いませんし、神経症の症状が良くなったこともないと思いますがただひとつこの頃実感するのは
今までほとんどすべての喜怒哀楽の源は自己の中から
生まれるものでしたが(神経症にふりまわされていた)、
今は大抵が外的要因によるものになりました。
(例えば、
料理を作ってあげておばあちゃんが
喜んでくれたからうれしい→→→喜
子供が言うことを聞いてくれない→→→怒
せっかく掃除をしたのにおじいちゃんが
ビールをこぼして汚した→→→哀
おばあちゃんがおこずかいをくれた!→→楽(?)
(この歳(25)でおこずかいは情けないですよね・・・)
なんだかよくわからないのですが、このような毎日です。
実家では息が詰まるような思いで過ごしていましたが、私にとっては大好きな祖父母の家での暮らしが今は幸せに感じます。
それが私の神経症に良いのか悪いのかわからないしそんなことはどっちでもいっかー!って思います。
斎藤に来たEメールから 2004年5月17日
お久しぶりです。何回かメールを送らせていただいたものです。
お酒を飲んでいるもので、とりとめのない話になっていたらすいません。斉藤さんの「今日の言葉」のなかで「症状が少し良くなった」方に対して「それではだめだ」と答えていたことについて意見させていただきます。
まさにそのとうりだと思いました。(私は書痙ー震え恐怖です。)無為療法を半信半疑ながら実践して(今は半信半疑ではない)思っていたことは、全く同じ状況の中で「平気な時」と「だめな時」があることです。言葉を変えれば「100%正常な状態」と「100%だめな状態」ということです。中間を感じるときは「100%だめな時」です。
「無」を言葉に表すのは難しいと思います。最近、掲示板の書き込みを読んでいると「神経症の人」か「治った人」なのかわかるようになりました。もし、「良くなった」と言うならば、100%正常な状態が長くなった、あるいは、だめな状態が長く続かない、ということなのではないでしょうか。
「無」とはいえ、神経症脳の誤った思考を感じることがポイントなのではないでしょうか。私も悩んでいる方にいいヒントを与えることができればいいと思うのですが。
これからも頑張ってください。
斎藤に来たEメールから 2004年5月7日
こんにちは、良書を発見しましたのでお知らせします、道元と同じ著者の松原泰道さんの本です。書名は「沢庵」です、機会があれば是非。
上に紹介した本は斉藤さんが言ってる事全部書いてました。道元より解りやすいかもしれないです。
神経症者が読んでも参考になると思います、重症の人でも体当たりで体験して、実践していけば、色々な点が符合しているのがわかってくるでしょう。
名大工は癖のある木もしっかりとした物に仕上げます。無為療法で治った人は名大工にならなきゃいけないでしょうね、人間の。それがねずみ算式に増えて欲しいです。そしたらもっといい方向に向かっていくと思います。
それと神経症の構造を理解して、それに確信が持ててきたのでこの状態を皆に伝えにゃならんと思いまして、色々考えるのですが、考えれば考える程まず動けとしかいいようがなくなってきます。まずふとした瞬間、意識がなくて意識がある状態があるのを知らなければ先にすすまない、これさえ経験してしまえばあとはどういう状態の時にそういう風になるのかを試行錯誤していくでしょうから、最後には試行錯誤さえいらんのだという事が解れば、あとは安定するのに時間がかかるだけ。
しかもこの意識がなくて意識がある状態というのは、一番人間が賢い時間であると感じる色々なことが見えてくる、技術的に熟達している人たちもこの状態をよく知って使い方を知ってる。だから名匠の古書をよんでも同じことがずらずらと書いてあります、行き着くところはやはり同じです
その後の経過 投稿者:藤井 やく
投稿日: 4月12日(月)05時51分4秒
おはようございます。こちらではニックネームにて投稿させていただきます。
経過といいましてもあまり自覚はないのですが、私にかかわった人から変わったと
よく言われるようになりました。(その代わりに精神系のお話を聞くのは苦痛にな
りましたが・・・。)
何が変わったと言われたといいますと、「なんか芯がしっかりしてきた」という回
答を返してくれました。私自身も以前なら考える時間がありましたので、行動に移
すのに時間がかかりましたが、今では瞬時に実行してくれます。
こちらが考えなくても即行動に入れますので、こちらとしては便利になったという
実感しかありませんが・・・。表上はあまり変化がないように感じていますが、
人からはそうは見えないようです・・・。
但し不安感(!?)みたいなものは依然ありますし、思考回路が戻ることもありま
すがすぐに切り替わるようになっています。あとなぜかPC関連の知識が倍増した
ような気がした事を言い忘れていました。今の状態は以上です。
斎藤さんへ 投稿者:氷
投稿日: 4月 9日(金)20時43分35秒
HNは変えてしまいましたが、斎藤さんには以前からお世話に
なっていた者です。○○がよく使う「根性」で健常者の真似
を真似をして治す。これじゃ治らないのが80年以上前から
実証済みであります。
難しい専門用語を知らない私ではありますが、ひとつ提案があります。
「辛抱して動く」最初は辛いかもしれませんが動きが呼び水となり
それが自然になるってくる。 質問、どうすればいいでしょうか?
そんなこと言うようじゃ辛抱不足としか言いようのないですね。
少し辛らつな表現になるかもしれませんがPCの前の地蔵さんには治癒
はほど遠いということかもしれませんね。その治癒というゴールも
笑い話だったと気がつけばそこそこいい線は行ってますが(笑)
独自の神経症論を語ってくれそれをゲーム的楽しめた過去と質問箱の現在。
これも時代の流れですかね 患者の症状のみで切迫してその余裕もないとか
「言葉じゃ神経症は治りませんよ」と言われてもなおも言葉を求める。
これ神経症の判断基準に使えるかもしれませんね
また風景写真楽しみにしてます。ではまた
ケンヂさんへ 投稿者:氷
投稿日: 4月 9日(金)17時26分35秒
私は○○関係者ではありません
あなたの無意識のうちに説明を求める姿勢が意にそぐわないからです。
それは私以外の人でもここでは感じてる人は多いと思います
質問→解釈→不安→質問 自分と対話してる匂いがプンプンするんですよ。
私は○○は少しやりました。ゆえに愛想はつきてます。
が治るとするとこういうような○○のような口調になるのは仕方のないこと。
○○は健常者の行動、口調を真似て神経症を治そうとしたんですからね
それと斎藤さんが無償で詳しいレスくれているのにあなたはなにも理解していない
ような感じがします。
ここを悩みの相談広場にしたいのですか?斎藤さんはそうはしたくないと明言して
いたような気がします。何年かぶりに来てみましたが残念です。
ちょい横槍失礼 投稿者:氷
投稿日: 4月 8日(木)19時36分23秒
似たような質問が多いですね しかし
またかってなもので
そんなに治りたいですか?そんなに説明が欲しいですか?
理屈ぽくて敏感で欲深い 答えはそんなところじゃないですか?
答えがあるとするならばね。世間で出会う人を観察してみてください そういう人いたらがその事で気をもんでいるかどうかも?
面白い答えが返ってくるかもそれませんね
あれから1年半になりました 投稿者:まゆぼん
投稿日: 4月 6日(火)11時18分37秒
斎藤先生、大変ご無沙汰しております。
きっと覚えておられないかと思いますが、確か2年半程前に先生の
本を読ませて頂き、1年程で治ったと思える程になった者です。
(当時、どんなハンドルネームで投稿したか忘れてしまいました)
「良くなりました」と報告に来させて頂いた時、フラッシュバックについての
お返事を頂きましたが、今のところそれと思われる状態に陥ることもなく
新たに子供も授かり、元気に明るく過ごしています。
「何もしない」ということはとても大変なことだったように思いますが、
今ではそういう苦しみがあった事すら忘れかけています。
一つ一つの行動が何の邪念に囚われることなく自然にできるように
なり、至って明朗簡潔な行動(思考)パターンになりました。
これからもフラッシュバックを恐れず、前向きに生活していきたいです。
斎藤さん 投稿者:harebare
投稿日: 3月12日(金)09時14分44秒
実は、昨年斎藤さんのこちらのHPを拝見させていただいて自分が神経症だと確信し、楽になれたと同時にHPを立ち上げようと思ったことがありました。
テーマは、ズバリ神経症です。Yahooの無料でできるHPを登録したのは良いのですが、すぐに
行き詰まりました。
何故なら「自分は神経症、考えるのは無意味で無駄、目の前の雑用をこなせば良い」と言う答えが全てであり、他に掘り下げるものもなかったからです。
自分で笑ってしまいました。
神経症についてHPをたち上げようと思うこと自体まだ神経症そのものだったんですね。
長年、狂い続けていた脳は神経症だとわかっても、誤作動していたんだなぁと怖くもなりました。
自分を正当化したり、自分の言動を意味付けようとしたり・・・・
バカみたいでした。一年たった今でも笑ってしまいます。
青年Aさんへ 投稿者:きらきら
投稿日: 3月 9日(火)10時14分6秒
はじめまして。
主婦で、子供がひとりおりますきらきらと申します。
引きこもり。。苦しいでしょうね。。
だけど。。引きこもりをなさっているということは、お食事などはどうなさっているんでしょうか。ご実家にいらっしゃるのかな。
もし、そうでしたら、お母様に食品や日用品を買ってきていただいて、食事を作っていただいて、食器まで洗っていただいて。。かな。
お母様の大変さ、お察しします。
青年Aさん。顔を洗ったり、歯磨きしたり、お風呂に入ったり、着替えたりすることはできますか。
それがおできになるようでしたら、快復の望みがあるように思いますよ。
自分が使った食器を洗ったりするところから、始めてごらんになると、入りやすいかなと思います。「惨敗」しちゃったら、そこで落ち込んで、気持ちの緊張が緩くなるのを待って。。
20回や30回の「惨敗」なんて、どうってことないですよ(^^)
私など、何百回「惨敗」したか、わかりません(笑)
私は5%という数字を拝見した時、あっ!5%もあるんだっ!
地獄に仏。天から助けと思いました。
斎藤先生へ
おはようございます。
私の高校時代の親友が、精神科の看護師をしています。
彼女に先生の話をしてみたら「斎藤さんって、すごい方だね。ご自身が神経症だったのにもかかわらず、神経症者は会社でも家庭でも大迷惑者だ、なんて言えるなんて、本当にすごいよ。そこまでになられるには、並々ならぬ苦しみと努力があったんだと思うよ」と言っておりました。
身体も心も軽いです☆ 投稿者:咲良
投稿日: 3月 6日(土)07時12分18秒
管理人様、皆様、初めまして。
朝起きたら、ふと、こちらのHPを思い出して、慌ててお礼に伺わせて頂きました。
私は無為療法に出会って3週間(だったかな?)くらい経った実践者でございます。
こんにちわ。
当初は必死に無為療法を理解しようと、とり付かれた様に入り浸っておりましたが、2日後には、なぜかこちらの存在をコロッと忘れて生活しておりました。
それどころかここ1週間くらい自分が神経症(対人恐怖、社会恐怖、パニック障害〜等等)だった事を忘れていました。 多分、今日が薬を処方してもらう日だから思い出したのだと思います。
ここ3週間、日々のノルマを黙々とこなしていたら、いつのまにか今の私に変わっていたので、どこが変り目だったのか思い出せないのですが、昔ほど人も自分も気にならなくなっていました。
今でも苦手なタイプ(威圧感のある同年代の同性)と接する際は緊張しますが、それ以外の人達には殆ど恐怖を感じなくなりましたし、相手の言動を被害妄想で悪い方向に考えたり、自分で自分を問い詰めるたり、被害妄想で混乱することなど、ほぼなくなりました。
外ですれ違う他人などは、まったくと言って良いほど気になりません。
中でも以前と一番違うのは、予告なしに不安が襲ってきてパニックを起こす事がまったくなくなったのです!!
以前は5日おきにはパニックに陥り、部屋の中で叫びながら号泣していたのですが、今ではあの巨大な恐怖感がどこにも見当たりません。
上手く言い表せないのですが、憑き物が落ちたような、そんな感覚です。
以前だったら行くのに覚悟するだけで数日かかってた行動が即日OKになりました。
ギャル服のショップで買い物したり、日帰り旅行したり、公共手続きしに行ったりなどが、発病以前の自分のように何の違和感も無くできるのです。
以前の感覚を思い出したせいでなのか、昔のおしゃべりで、オシャレ好きな自分にゆっくりとシフトしてきました。
いきなり止めると副作用が出るかもしれない薬を服用しておりましたので、軽い鬱薬を少量飲んでいますし、目をじっと見て会話できないし、疑り深い性格も直ったわけではありませんが、依然とは段違いの毎日です。
人によっては「全然治ってない」と仰るかもしれませんし、私自身も完治したなどとは思っておりませんが、じゃっかんの不安と緊張以外は沈静化してしまったのは事実です。
予告無しに襲ってきた恐怖感などは影もありません。 なぜ恐れていたのかさえ思い出せません。
まだまだ神経症が治ったとは言えないと思いますが、ここまでこれたのは無為療法のおかげの他ありません。 本当にありがとうございます! 感謝しております!!
粗末な文で申し訳ございませんが、この掲示板にお邪魔していると色んな言葉が流れ込んできて「無為」状態ではいられなくなりそうな気がいたしますので、ここで失礼させて頂きます。
思い出したらまた経過報告に参ります。
ではおじゃま致しました。
楽しい生活 投稿者:サンジュスト
投稿日: 2月23日(月)12時16分47秒
こんにちは。無為療法を実行して一年以上がたちました。
昔は部屋で一日中考えこんでたんですが、今は常に何かに取り組んでいる
状態で、一日がメチャ短く感じられます。他人と会うと、まだビクビクして
しまう事もありますが、だいぶ落ち着いてきたのを実感できます。
神経症真っ只中の時には、雑用の意味が全く分かなかったのに、今では
やらなければいけないことが、直ぐに分かります。毎日が楽しいです。
暇ができたら、また来ますねっ!では…。
神経症世界 投稿者:ぽん
投稿日: 2月 4日(水)17時21分53秒
はじめまして。
こちらの「神経症の世界」を読みまして、納得を感じました。友人が長い間重度の不眠、不安神経症とやらで苦しんでおります。先月、突然入院したのですが、病院の対応が納得できないのに医者は退院させてくれない、などと訴えられ私が家族に相談し退院させました。私もこんなことをしたくなかったのですが「この病院に一生閉じこめられる、医者も家族も私を理解してくれない、ここから出して!」と泣いて懇願され、とまどいながらも要求されたことをしました。
今まで友人として長い間愚痴や泣き言などを繰り返し聞いてきましたが、このことがあって以来これからの彼女との関係をどうしようかと考えました。しかし、こちらの神経症の性質などの解説を読んで、彼女を友人というよりやはり病人として扱うしかないのだと感じました。
実は私も6,7年前まで神経症とか激しいパニック障害があり、子供の頃から不安や緊張が強く熟睡というものも体験したことがない人間でした。しかし、現在は全く症状がなく、何が起きても平気で毎日熟睡しています。私は私自身の方法で神経症を完治させたのですが、完全オーダーメイドなので彼女にそれをさせるのは難しいものがあります。それとこちらにも書かれているように、治ってしまうと神経症がどういう感じか思い出せなくなります。さらに、こんなにリラックスして開放的なのになんでわざわざ神経症を追体験して不快にならなくてはいけないのかと
バカバカしくなります。
ようするに彼女に共感することは洗い立ての真っ白なスニーカーをわざわざ泥水につっこむような感じがするのです。彼女がこの状態になったのは10年くらい前です。こちらにかかれている「神経症世界」は彼女の性格そのものです。神経症の人とどう付き合っていけばよいのか本当に悩みます。神経症の人が一番共感してもらえないのは、もしかしたら「神経症が治った人」かもしれない、と考えたりもします。
少しずつですが・・ 投稿者:さくら2
投稿日: 1月28日(水)14時19分1秒
以前いきなり斎藤様にメールしたさくら2です。メールした当時は過敏性腸症候群、不安神経症で起床後・外出時いつも不安に襲われていました。このHPに出会い、毎日習慣のように覗いてました。
神経症の症状を客観的に冷静に書いてあり、改めて自分の症状を冷静に見つめられた内容にとても感激したのを覚えています。無為療法・・。はじめは難しいも
のだと思っていましたが、最近は自然に出来ている自分に気がつきます。以前は何をしても神経症の症状(いつ不安に襲われるんだろう・・いつ便意に襲われる
んだろう・・)と動悸がしていましたが、最近はあれ?何も考えてない!!と思う時間のほうが多くなりました。
まだまだ完治は遠そうですが、いつのまにか忘れてた・・という今まで感じられなかった
時間を感じる事が出来て驚いています。 初めは意識的にしてた無為療法ですが、無意識にできてるのかな?と少し自信がもてました。 ここへお邪魔したのも
とても久しぶりです。・・というより忘れていたというか・・。 まだまだなんとなく不安に襲われる事がありますが、不安がエスカレートする事はありませ
ん。頭のどこかに冷静になれるスイッチがあるような感じです。 このHPに出会えて本当に感謝してます。斎藤様からみればまだまだといった感じかもしれま
せんが、これからも続けていこうとおもいます。。
はじめまして 投稿者: ちこ
投稿日: 1月20日(火)16時06分8秒
はじめまして、私は、神経症と戦って13年になります。ずーと早く治さないと思い
治す方法ばかりチャレンジしてきました。
病院も転々と変え、薬も飲んでみたり、止めて余計悪くなったりでした。
カウンセリングもした。あらゆる神社で、御祈念というのも、治りたい一心で、
しましたし、お墓にお参りすればよいと言われれば、墓参りも毎日のように
続けました。本当に今思えば馬鹿みたいです。
お金もつぎ込んで・・一杯貯金が出来たでしょう。笑っちゃいますね。
でも、治らず先の暗い人生を諦めていました。
もちろん、関係ある本も買いあさり、本屋さん状態でした。
もう、何もしないと、本屋にも行くのやめてました。でも調子も悪く
また、本なんかと思いつつ、斉藤さんの神経症30年が、目に留まり
買い、すぐ読みました。
3ヶ月間、無為療法の意味がわかるようで、わかりませんでした。
最近、少し理解できたように思います。そう、なにもしない事、もがけばもがくほど
悪くなる、不安になる一方だから・・なにも頑張らなくていいんだ。
本を何度も読み直し、大事な箇所にアンダーラインをひきました。
で・・脳の故障だから仕方ないと諦めました。
初めは上手くなかなかいかなかったのですが、確認行為も減り、頭に浮かんでも
故障と思うだけで、不安が減りました。
おかげで、以前より雑用出来るようになりました。不安が頭から薄れていくのが
わかります。
頭痛も減りました。まだ、苦しい時もありますが、前とは違います。
無為療法をしてみて、少し楽になれてきています。
ちなみに○○療法では、上手くいかず、私も逆効果でした。
強迫観念を悩むだけ 投稿者: ケンヂ
投稿日: 1月 9日(金)16時04分21秒
自分は無為療法の意味が、最近になってようやく分かってきました。
神経症のとき、神経症者は正常な悩みではなく”強迫観念”を抱えて悩んでいるんですね。
この強迫観念というのが狂っていて解決するとか克服する等の問題じゃない。
この強迫観念の無限の悩みを解決しようとするから、強迫観念が続くんですよね。
自分も以前には不潔恐怖が猛威をふるっていた時期がありました。
不潔恐怖のときは細菌・ばい菌の事が気になっていてもたってもいられない。
そして、そのばい菌をなんとかしたいという強迫観念を解決するために、
色々な対策を練って不安を解消しようとする。でも、そのような強迫観念は
対策を練れば練るほどさらに気になり怖くなってくる。そして、深刻化していく・・・。
だから、初めから何もしなければいいんですよね。
強迫行為がなくなりました 投稿者: アトム
投稿日:12月25日(木)02時08分15秒
2,3年前からこちらに訪れています。
僕の強迫行為が現在ほぼ消滅に近づいてきたのでこちらに報告させていただきたいと思いました。
ひとこと、とっても楽です。強迫行為が減った分、自由な時間が増えてます。それだけ強迫行為に費やした時間が多かったです。みなさんと同じ、不潔恐怖、確認恐怖、醜形恐怖といった感じのものです。恐怖心や不安がなくなってきて、周りの人間の気持ちが理解できるようになってきました。心持ちや気構えではなく単純にあたまの故障ですね。
ほんとうにこちらには感謝をしています。こちらがなければ僕はいつまでも地の底を徘徊しなければならなかったでしょう。お礼の言葉もありません。またあそびにきたいと思います。そのときはまたよろしくお願いします。乱文で失礼しました。
アンケート 神経症のタイプ(7)のところで神経症の部類をa〜hまで分けてあ
りますが、最初僕はaの強迫観念型でしたが、悪くなるにつれ強迫行為がはじまり自傷行為がはじまりgの境界領域型に変わっていきました。タイプというより
は不安、恐怖などの大小の違いだと感じました。僕なりに、、、
斉藤さん、ありがとうございました 投稿者: ゆきんこ
投稿日:12月23日(火)13時00分24秒
長たらしい、文章を掲載してくださり、ありがとうございました。
斉藤さんのご指摘どうり100%は、完治していないと思います。
ですが、ある程度無為療法のみで克服しましたとハッキリ言えます。
生活の質や、感情、充実感がグンと向上し、小さな事にクヨクヨ
悩まなくなりました。〇〇療法とか、神経科ではあり得ないような
考え方が、ここにはありました。当初、無為療法を知ったときこの
考え方にビックリしたものです。ですが、自分が経験して正しかったと
実感しています。無為療法に出会っていなければ、おそらく今仕事も辞め
ひたすらぐるぐる考えまくり、絶望していたかもしれません。
本当に、ありがとうございました。神経症真っ直中のときの叱咤激励に
とても感謝していました。神経症は実に苦しい病気です。この経験を
ここで生かせたらいいと思います。
お久しぶりです 投稿者:ゆきんこ
投稿日:12月23日(火)01時04分28秒
久しぶりに、書き込みさせていただきます。3年ほど前に、不安神経症・パニック障害で苦しみ、斉藤療法に出会った者です。最近、趣味でヨーガを初め、なんとなく斉藤療法を思い出し久しぶりに来てみました。
ヨーガで瞑想をしていると、雑念を感じず、心が静まり、実に気持ちのいいものです。だからといって、ヨーガで神経症が治るとか、そういう類の書き込みではありません。今は、神経症がどうとか、ほとんど考えていません。たまに、TVなどでパニック障害など取り扱われたときは、「自分もそうだった。」と、なつかしく思うだけです。斉藤さんに感謝の気持ちをいざ文章で書き表そうとしても、どのように神経症を克服したのか?考えても、不思議なことに解らないんです。結局、何もしてないんでしょうね。
たしか、神経症真っ直中のとき、斉藤さんに色々質問しまくっていたような気がします。こんな時どうする?飛行機が怖くて、乗れない(笑)など。でも、結局飛行機には乗ったし、怖さを紛らわすために薬なんかも一切飲まなかった。何故、そんなにも不安で落ち着かなかったのか?全く解りません。たしかに、今でも完全に治ってはいないと思うようないわゆる「フラッシュバック」は時々あるような気がします。だからといって、それと神経症を結びつけて、「どうなんだ?」とか「どうにかしよう。」なんて考えはおきません。
今、神経症で苦しんでいる方。難しいかもしれませんが、脳が正常回路を作るまで「自分は、神経症なんだ。」という考え・お荷物を肩からいったん降ろして欲しいと思います。そして、神経症者は一般的に真面目で努力家な方が多いと思います。なので、そんな自分を否定せず、認めて、受け入れて、楽にしてあげて欲しいと思います。その上で、治すための努力も止めて欲しいと思います。考えることが、止まらないのが神経症なのでそれができたら苦しまない!と思うかもしれませんが、そのうち、考えのぐるぐるが止まるようになるでしょう。私も、経験者の一人です。
生意気いって、すみません。
2003年12月9日 斎藤へのEメールから
さいとうさん、こんにちは、無為療法をはじめて、4ヶ月になろうとしている○○というものです。
最近変化がでてきております。まず、スムーズに動いている自分があったり、今まで1日中考えていたのがあまり、考えないようになっていたり、辛くて仕方な
かったのが、あまり、つらくなかったりで今までより1日がとても過ごしやすいです。鬱状態に陥ることがあまりなくなってきていて、ほんと楽になっていま
す。
でも、完全になおったというよりは、前よりいきるのが楽になっているという感じで
す。まだまだなんともいえない怒りや不安にさいなまれますが、1日中寝たきりで
あった時期を考えると楽になっているなという感じです。
しかし、今だに自分がやりたいのか強迫観念がそうさせるのか判断がつきにくいです。
無作為療法を知る依然まで強迫観念から、すべてやっていました。
現在は無作為療法を始めてから、そういうものには、いっさい手をつけずにきたのですが、最近鬱状態に陥ることも減り、1日がとてもすごしやすくなっている
ため、始めたいなとおもうのですが、また心臓ばくばくで、心も顔も動かない状態におちいりたくないため、ためらっています。
仕事もしたいのですが、フラッシュバックの状態での対人関係が恐くてなかなかで
す。やはり、ある程度落ち着くまでは、強迫かんねんにさいなまれそうなものというの
は、避けていってほうがよろしいでしょうか?
2003年12月7日 斎藤へのEメールから
無為療法を知ってから8ヶ月ほどたちます。以前よく斉藤さんに質問をして怒られていました、
デコポンです。
久々に1年ほど前に他の心理療法のホームページに自分が書き込んだ文章を読み、あまりにおかしくて驚きました。お客さんに腹が立ったとか、同僚との付き合いが不安だとか、自分の能力への不安が、
切実に毎回毎回書かれていました。
今でも、職場ではビクビクし、対人的な被害妄想もあり、どこがどうよくなったという訳ではないのですが、心理療法を一切やっていないこと、毎日の心構えをあらかじめ考えずに職場へ行っていること、
質問せずにはいられない欲求がほとんどなくなったこと、家事を以前より自然にできる事が変わりました。
カウンセリングなら1時間5000円以上、自助グループでも毎月毎年いくらかお金をとるのに、
斉藤療法は本一冊分の値段で1年もたたないうちに効果があり、とてもありがたいと思っています。
私が将来、本当に治ったらホームページを作って斉藤療法の宣伝をしたいと思います。
オーストラリアのアンドリューから 2003年12月2日
この青年25歳は13年間の激しい鬱状態、強迫行為、パニック障害、対人恐怖から開放されています。
I'm 25 years old and I have suffered severe depression, OCD, Panic Attacks
and Social Anxiety for 13 years, i got to a very scary point when i experienced
terrifying thoughts that i was going to become a psycho killer
I tried every therapy and medication and kept getting worse, i went to
7 therapists and group therapy (no one improved) and read books by
Albert Ellis, David Burns, Aaron Beck and did the exercises and the
homework they prescribed... this did not help me the more i struggled
the deeper into despair I went. These Psychologists have got the
treatment for anxiety very wrong
I had read your page before and discarded the therapy, CBT made more
sense but i got to the point where i realised CBT doesnt work and had
no choice to practice Saito therapy.
Practicing Saito therapy was very hard and confusing in the beginning but I new something different was happening.
that was over a year ago now and my life is much easier everyday, i
realised you cannot fight anxiety or get angry at it, i no longer
research anxiety
or read about it.
those dark days seem a long way away now. I now know the anxiety can
pass even if it is for a few days or weeks and the anxious periods are
getting shorter, things which were once painful such as going to work
or parties are now fun and i no longer need to read your page.
I feel excited about the day when i wake up in the morning
i have no doubt i will be pretty much cured in the not to distant future and will never relapse
You are a genius. Thanks
Andrew
Australia
続イギリスのマイケルから
彼も重症の神経症でしたが遂に神経症脱出に成功したようで
す。無為療法の英語版ホームページを見始め、毎月見ながら理解するまでに6ヶ月かかったそうです。やはりいかに神経症を治すのが難しいか、それは世界共通
ですね。未だ彼は怪しいとはいえ、例え完全に治るまでに10年かかろうとも、迷うことなく神経症関連の読書を止めて、簡単な動きに徹しますと大変元気が良
いです。以下は彼からのEメールの要約です。
「私に神経症の友達がいまして、かれは6年間も薬を飲みつづけています。一向に良くならなくて、オーストラリアに行く事を決断しました。そこで半年間農場
で果物を取る作業をしていたら神経症が良くなり英国に帰国しました。しかし帰ったら又神経症本を読む癖がはじまり、元の神経症に戻ってしまいました。
神経症の治りは一瞬に訪れるのを経験しました。それは本当に5秒間です。しかし数日後にまた神経症がはじまりました。しかし今は殆ど神経症の症状を感じて
いません。大体鬱状態になるのは月に3日位でしょうか。鬱状態からの脱出方法は動きを確保する事と悪い感情を忘れる事です。
神経症である私の友達は激しい症状で苦しんでいます。しかし彼は本を読むことを止められません。注意しても本を読んで意思で治すと主張します。彼は自分の
脳が正常に情報を処理できていない事実が分ってないようです。理論で神経症を治そうとすると必ず失敗します。情報とストレスは神経症を確実に悪化させま
す。一日中簡単な動きを続けるのが神経症を治す上で最も効果的でしょう。
無為療法は殆どの神経症者には大変難しいです。彼らの脳は薬と読書でおかしくなっているからです。神経症は自分では治せないし、唯一できるのはストレスのレベルを下げる事と動きの継続だとおもいます。
英国を始め認知行動療法で治った人はいません。こちらでもテレビでパニック障害を治すプログラムがあり、そこで認知行動療法をしていますが、それをしている女性は不安が逆に強くなり、家から出られない状態です。勿論仕事もできないし、人生に目的もありません。
私も斎藤さんに強力して当地イギリスで無為療法のホームページを立ち上げるつもりです。
私はまだ完璧には治っていませんが既に治癒とはどんなものか体感しました。本を読み神経症が脱出できると考える事、ずっと座りつづけることは狂気の世界で
す。私の知っている28歳になる女性は博士号取得を目指して頑張っています。しかし強い神経症と強迫行為で苦しんでいます。本を読み、14年間薬を飲みつ
づけています。外の仕事はもちろんやったことがないでしょう。彼女にもう直ぐあいますから、その時に無為療法を紹介して是非治してあげたいです。
斎藤様、大変ありがとうございました。
マイケルより イギリス在住」
斎藤が翻訳
こんばんわ 投稿者:さくら
投稿日:11月13日(木)00時18分01秒
昨日AERAの記事でカキコした者です。
最近は本当に鬱病やパニック障害についてマスコミに取り上げられていることが多いですよね。
会社でも、鬱病になったと上司に訴える社員もいたりしますし、
そういった心の病に今までよりもっとみんなが耳を傾けるようになってきたのでしょうか。
とても良い傾向だと思いますし、もっと心豊かに生きられる社会になるといいなと思います。
私は現在も調子悪いなぁと思ったり、あまり眠れない時が続くこともありますが、
そういうことにはいちいちとりあわず、放っておくような感じで過ごしてます。
開き直る・・?という感じなのでしょうか。
とにかく、私はこのHPによって精神的にまいっていた時期を脱出できたということは間違いないです。これからも多くの方が、このHPからヒントを得て、おかしなサイクルからちょっとでも脱線し、こころの平穏を得られるようになることを祈っています。
あと、笑うことって大事だなと思います!なんでもいいからバカ笑いすることってやっぱり大切かな?と思う今日この頃。
私の場合 投稿者:ひとみ
投稿日:10月 2日(木)16時35分50秒
私がこのHPに出会って気づいたこと、無為療法を実践して生きやすくなった経緯を書かせていただきます。少しでも皆さんのお役に立てばいいのですが・・・。
神経症脳は「治したい」「どうしたら治せるのか」という思いをエサにしてどんどん大きくなっていく化物だと思うのです。治そうと思えば思うほど、対策を練
れば練るほど神経症脳はこれでもかというほど大きくなります。(私の中では「千と千尋の神隠し」のカオナシが欲の深い生き物たちを呑み込んで醜く巨大化し
ていくあのイメージです。)
それでは、どうしたらいいのか。エサをやらないことです。「治したい」「どうしたら治せるのか」と思わない。対策を練らない。でも、自分にとって最大の悩みだし、苦しくて苦しくて仕方がないし、「思わない」と思っても自然に思ってしまいます。
「よし、神経症を治すためにエサをやらない。思わないようにしよう」と思った時にはもう「治したい」を意識してしまうので、化物はすぐに匂いを嗅ぎつけてやってきますし、実際そこにあるエサを食べ、また大きくなります。
さて、皆さん、365日、四六時中、神経症をどうやって治すのかを考えているわけではありませんよね。ご飯を食べている時は「この煮物、うまいな」、テレ
ビを見ている時は「このドラマ面白い」、風呂を洗っている時は「これで洗い残しはないかな」、寝ている時は・・・考えているわけがない。誰にでもこのよう
に、神経症のことが全然気になっていない時間があります。この時間、化物にエサをやっていません。エサをやらなければ化物は大きくなりません。
毎日眠っていればずうっと化物にエサをやらないのだけれど、そういうわけにもいきません。斎藤さんは「雑用」ということばを使っていますが、まさに何でも
いいのです。身近なことから雑用を始める。「神経症を治すために雑用をしよう」と思った時からエサをばらまき始めます。そうではなくて、ただ雑用に集中す
るのです。
エサがない化物は次第に小さくなっていきます。ある時、ふと、小さくなった化物に気づいたりします。この小さい化物は以前とても大きくて自分を苦しめた存
在ですから、この状態に半信半疑のところもありますし、また大きくなるんじゃないだろうかという不安もあります。完全に自分の中から消滅するということは
ないように思います。
確かに小さいなりに化物はそこにいますが、最近、この化物の存在を忘れていることが多いのです。だから、生きやすいのです。
2年半ぶり? 投稿者:ひとみ
投稿日: 9月23日(火)23時41分16秒
かつて、強迫神経症でこちらのHPを読み漁っていたひとみと言います。実に2年
半ぶりにおじゃましました。みなさん、無為療法で治ります!!私がその例だと言っていいと思います。久しぶりにやってきて皆さんが書かれている内容を読も
うと思いましたが、やたら難しいことを話しているな〜という感じで読む気にもなれません。・・・というか、頭がまわらない。(笑)
かつて、毎日このHPの書き込みを印刷して何かヒントを得たいと必死で読んでいた私は何だったのでしょう。「あ〜、私と同じように苦しんでいる人がいるのね」と安心したかったのでしょうか。
あの頃、あまりの苦しさに、「この強迫神経症が治ると私は躁病になってしまうんじゃない?」と本気で思っていました。でも、躁病にはなりませんでした。た
だ、「毎日が結構楽しく過ぎて行くんじゃない!?」という感じです。周りの親しい人たちから「あなた悩みないでしょう」と言われます。
(笑)実は、この言 葉は昔から言われていました。苦しくても人に知られたくないので明るく振舞っていましたからね。今は、この言葉をかけられると「そういえば、これぞって悩
みはないわね」と思います。この療法が良いの悪いのと言っているヒマがあったら、隅々まできちんと読んで、明日からと言わず今日から、とりかかってみたら
いいですよ。
治す方法を探せば探すほど治るどころか悪循環に巻き込まれ「治る」というところからどんどん遠ざかっていきます。心に関する本を何冊買ったことやら〜。
「何もしない」でいると次第に楽になり、好循環(こんな言葉あります?)に巻き込まれ、一つの自信が次の自信を生み、さらにどんどん自分自身を好きになっ
ていきます。あ〜、ここにいらっしゃってる皆様に申し訳ない。でも、治りますよ!!絶対!!決してあきらめることはありません。泣き喚き、自殺まで考えた
日々が嘘のようです。
誤解があると悪いので書き足しますが、私には対人恐怖と赤面恐怖があったのですが、今でも苦手な人と向きあっていると嫌な気分がしますし、恥ずかしいと赤 面します。でも、「恐怖」とか「強迫」という部分がなくなったということです。
それと、以前は赤面すると、「あ〜、人前で赤面した自分が死ぬほど嫌 だー!」という気分が残りかなり引きずってはどよ〜んとしていたのですが、今は赤面してもそれっきり〜ということです。もちろん、赤面する回数も何十分の
一にも減りました。赤面しないようにしよう・・・などと考えれば考えるほど意識して些細なことで赤面していたんですよ。今考えると可笑しいくらい。こんな
ことを平気で告白出来ている自分もいいなぁ。(笑)
ホントにお久しぶりです! 投稿者:空手家
投稿日: 9月23日(火)01時40分10秒
斎藤さん、おひさしぶりです!
以前お世話になった空手家です。治りましたよホントに!「神経症」が!
何で・・・?と言われれば「?」なんですが、自分はそう言う性分だと諦めた頃(1年前)から段々普通になって行きましたね。
今年の「全国大会」にも出場して2回戦まで進めました。
以前、ここの書き込みに「仏に会って、仏を殺す」ってありましたよね!
あの言葉が、「神経症」を治す原点だと思います。
一生懸命に治るように祈願して、やっぱりこんな行為は必要ないんだ!と思った時、道が開けるような気がします。偉そうな事言ってスミマセン。
でも「神経症」は必ず治ります。みなさん諦めないで!
残念ながら・・ 投稿者:fourth
投稿日: 8月28日(木)20時01分42秒
斉藤さん、みなさんこんにちは。
無為療法を実行して回復したものです。久しぶりにこちらに寄りました。
私は自分の異常な感覚(人が怖く見えたりした・・)に気付き、ネットで狂ったように情報を漁った結果、治療が必要なれっきとした病気であることに気付きました。
私がラッキーだったのは、いろいろある療法から、無為療法を選んだことだと思ってます。
無為療法以外を試したことがないので適切でないのですが、どうも今現在考えてみると、無為療法以外のそれは、病気、症状を長引かせるもの意外何物でもないように思えます。
やはり回復を望むなら、決断と勇気が必要に思えます。
また症状がおもく辛い時は、完治して症状も消えてバラ色の人生が待ち受けてるように感じたりもしますが、それは私自身の現在までの経験で言えば残念ながら幻想だと思います。
しかし、最悪だった時期を考えれば現在の状況はとてつもない変化であることは確かです。
が、やはりフラッシュバックもありますし、やな感じに襲われそうになったりもします。だけど、すぐに日常に戻っていきます。
やはり行動が肝要かと思います。
(神経症は治そうとする病気である・・)宇佐先生でしたっけ?格言ですね。。
神との対話 投稿者:海
投稿日: 8月25日(月)04時30分42秒
ええと言い忘れてたので、書き残していきます。
斉藤さんを始め、皆さんは「神との対話」「神との友情」という本をご存知ですか?
これはニールという人が神と会話する事が出来るようになって、そんでその会話を本にしたという何とも普通なら信じないような話ですが、ホントかどうかは別
としてもとにかく言ってる事は真理をついてます。宗教関係とかでは全然無いので、面白いですよ。イっちゃってもいないですし、むしろ一般の感覚からの目線
なので、納得いきます。
恐らく、このサイトで言われている事を理解するには、この本を読んだら少しは近付けるかもしれません。
ここで言われているのはある意味悟りの境地です。普通の人がいきなりこのサイトに来てすぐに理解するには、ある意味レベルが高すぎる、とも思います。
「言ってる事が矛盾しすぎてる。訳が分からない」と思うのが普通かと。しかし、その矛盾の中に答えが見いだせれば、掴めたも同然です。
基本的に思考ばかりで考えている人が、自分の理解を超える世界を理解するというのは難しいものがあると思います。理解ではなく、殆ど直感です。インスピレーションを持ってして、感覚的に「ああなるほど」と分かるものだと思います。
僕も、この本を読んでいて、そしてこのサイトに辿り付いたからこそ、すぐにピンときたんだと思います。是非、読んでみて下さい。
「神との友情」の中で無の話も出てるのですが、斉藤さんの仰る事と似たような事がかかれています。
その一部です。
神 「時々は考える事を全くやめるのも良いんじゃないか。もっと高い現実に触れるために。幻想から飛び出す為に
―――中略―――
理性の役割は感覚的なインプットを分析することだから、あなたは入ってくるデータの分析をやめる。データについて考えるのをやめる。その代わりに、何を考えているかを考える。自分の考えに集中し、それから暫くしたら、何にも集中しないようにする」
―――中略―――
理性はつねに、さまざまな所から入ってくる沢山のデータを分析して、自分と自分におこっている事、周囲の事について情報を送っている。
何にも集中しないでいるためには、そういう精神的な騒音(ノイズ)を止めなければいけない。コントロールし、制限し、やがては消さなければいけない。
何にも集中しないでいようと思ったら、まず何かに集中する必要がある。
一時にあらゆる事に集中するのではなく。」
―――中略―――
通り過ぎさせなさい。答えようとか、解決しようとか、どう言う事か考えようとしない事。ただ、生じたままにしておきなさい。通り過ぎるパレードの一部にしなさい。そして、通り過ぎさせなさい。
それについてしなければならない事は何もないと、気付きなさい。
その中で、あなたは大きな平安を発見する。なんという安らぎか。望むものも無く、する事も無く、何かである事も無い。ただ、今の自分、それがあるだけだ。
通り過ぎさせなさい。あるがままにしなさい。
しかし、見つめつづける事。不安に思ったり、期待したりしない。ただ……静かに見守る。何かをみる必要は無いし……何が見えてもいい。」
矛盾だらけだけれど、言ってる事は間違ってないっていう。無を言語で説明するとなると、こうなります。それだけ難しいものだという事だと思います。
斉藤さんの仰ってる事に非常に近いですよね。かなり前に読んだ本なので、忘れてました。斉藤さんの話で「そういえば神との友情でもそんな事言ってたな」と思い、読み直しました。
これは真理だと今は確信してます。
斉藤さんはある意味自力で悟られた方なんでしょうね。神経症は確かに辛いですが、それが悟りへと繋がったなら、確かにその価値は凄いです。
最後に、神経症の皆さんへ。
あえてキツク言います。もういい加減、神経症の世界に酔うのは止めた方がいいです。自分がどれだけその世界を愛しているかに気付かない限り、手放す事はできません。
もっと視野を広げて、普通に元気に生活してる人をしっかり観察して見て下さい。その人たちを見て「自分は神経症だから……」と羨ましがってるのは、潜在的には今の自分に満足してる事になります。なりたいと思ったらさっさとなる事です。
「あなたは欲しがるものを手に入れる事は出来ない」これも神との対話の言葉です。何かを欲しがってるうちは、それを手にする事は出来ません。もうあるのだと気付かない限り。
潜在意識、顕在意識、というものも検索してみたらいいかもしれません。これもきっとヒントになると思います。
ありがとうございます。 投稿者:海
投稿日: 8月24日(日)03時03分55秒
斉藤さん初めまして。神経症にかかって5年で現在22歳の海と申します。
渦中の2chから辿り付きました(笑)
2chでは色々言われてるようですが、気にしないで下さいね。あそこはそういうとこですから。
僕はこのサイトに出会えた事、斉藤さんに出会えた(出会えたという表現はおかしいかもしれませんが)事に本当に感謝しています。
言いたい事ははっきり分かりましたし、霧が晴れたような感じです。無と有という表現でピーンときまして「これだぁ!!!」と分かりました。
僕は元々人をあまり信用しない人間なので、(答えは自分が知っていると思ってるから)誰かを妄信的に信じた事がありません。なので、○○療法もカウンセラーも正直信用してませんでした。
カウンセリングも受けた事がありません。何故かというと、精神の問題で病院に当たり前のように通うという状態が一番危険であると思っていたからです。
普通の人間からすれば、精神病というのはかなり遠い世界です。けれど、神経症者はそれが当然のように、まるで学校のように、通いまくります。まるでそれが義務であるかのように。
神経症である事より、精神病院に通院してる状態の方が異常である、という感覚を忘れていく、或いは分からなくなっていく、という事が、僕が一番畏怖していたのです。神経症に酔ってはいけないと、自分を何とか捕まえて今まできました。
勿論、行く事が必ずしも悪いとは思いません。医学的な脳の問題が起きていて、薬がある程度必要な人もいるかもしれないからです。
けれど、多くは藁をもすがる気持ちで通っています。「誰か助けてくれ」「治してくれ」その気持ちのみで通っているでしょう。その気持ちでは、正直完治すると思えなかったのです。何故かというのは上手く言えませんが・・。
で、自身で答えを探しつづけてたのですが、僕も斉藤さんのように「脳」に着眼がいきました。僕は医者ではないですから、自分を実験する事も出来ないし、確証などつかめません。話せば長くなるので割愛しますが、とにかく脳に原因があるという事は確信してます。
ただ、僕は“脳が生まれつき異常の人”だとは思ってません。良く使えばある意味才能になると思ってます。中には生まれつきの人もいるかもしれませんが、どんな人間でもこういう状況に陥る危険性を孕んでいるんじゃないかと思います。予想ですが。
無為療法の話になりますが、僕は昔は無と有の切り替えが無意識に出来ていたのです。むしろ人より上手かったと思います。人生もとても上手くいっていたし、
人間関係も全く問題なかったです。けれど、中学生くらいになり、あらゆる事を禁止されるようになり、外で遊ぶ事もなくなり、ただ夢と妄想の世界にばかり逃
げるようになり、頭ばかり使うようになってから、僕の脳は狂い始めました。その狂った脳で、解決方を永遠に考えつづけていたのです。ホントにバカげた話で
す。
でも、斉藤さんから『無』という言葉を聞いてから、無の存在にすぐ気付きまして、頭の中がシーンとなるという状態を掴む事ができました。
“脳が爆発して、頭の中をイメージと会話ばかりが錯綜し、行動を起こす気もおきない。神経症の解決法を永遠に考えている”という『有』の状態を手放す事が出来ました。
斉藤さんの仰る『無』や、目の前の雑用というのはつまり、人間が、というより動物が本来持ってる本能だと思います。動物は目的が無くても勝手に動いてますから。
人間も動物と一緒で、本来なら勝手に動いてるものなんだけど、それが出来なくなった人は一時意識的にそれをやる必要があると僕も思います。意識する事が無くなるまで。ただし、無で、何も期待せずに実行しなければ意味ないでしょうね。
さて、本来なら完治してから「治りました!!」と書き込むべきなんでしょうけど、もうこの状態を心から手放そうと思うので、恐らく治った頃にはここに来る
状態もなくなってると思います。治ったとか治らないとか意識するのもなんか違うと思うし。なので先に言っておきます。本当にありがとうございました。
で、ええと、僕は最終的に答えを知ってるのは最後は自分だと思ってます。やっぱり、自分は自分、斉藤さんは斉藤さんだと思ってるので、全てが正しいとも
思ってません。けれど重大なヒントを頂けたのは確かです。本当にありがとうございました。これからも頑張って、沢山の神経症患者を救って下さい。
本が神経症の沢山の方の手に渡ればいいですね。けど、“これが答えだ”と打ち出すと、大抵の人間はすがり付いて結局見失うか、自分が理解出来ないと物凄く攻撃してくると思います。ある意味大変な事だと思いますが、応援してます。
斎藤に来たEメールから 8月18日
どうも久しぶりです、ここのところ前のメールに書いた体力づくりに励んでおります、やっぱり
神経症が治るとすばらしい、計画的なことができるようになるので、どんどん結果がでてくる。
とにかくあらゆることに対して足かせがなくなるので、いままでの人生とはまったく違ったものになってしまう。
10億円の価値は十分すぎるほどある、僕の場合は宝くじの一等賞に10億回当たったほどの価値が
ある。 それでもフラッシュバックはあるが、微々たるものであり、ほとんど関係なくなっている。
神経症の時は症状に囚われて目の前のことがまったくできなくなっている、できてると思ってできてない、要するに症状に足元すくわれて、なんにもできない愚者になっている。神経症が治るとしっかり地べたを踏みしめて、根を張って生きていける、これからの人生においてなににも代えがたいものを手に入れたと思っている、斉藤さんには感謝してもしきれない。
ところで今までの送った過去のメールですが、今までメールを送ってたときは確かに無は分かっていた
がどうしても環境に左右されるというのが大半で、自然に無になっていたから、一人になるとブレインロックがかかりどうしようもなくなっていたが、最近になってだいぶ健康世界の移行がスムーズになって来ている。
前は症状に囚われて目の前のことを手を抜いてやっていた、ようするに、症状が消えるとか消えないとかを確認しながらやっていたり、症状に襲われ自分のことをいたわってしまったりとか。
これは神経症治癒への失敗の典型的な例であると思う、それに気づかないのがまた恐ろしい。
やはり神経症が治るとか治らないとか、症状があったりしても、今の目の前をしっかり生きるのが大事だと思う。
経過報告 投稿者:たけ
投稿日: 8月 1日(金)21時54分54秒
こんにちは。
以前は自分の状態に不安もあったせいか、何度か斎藤さんに質問を投げかけていました。
現状では、もう、このまま、健康状態に向かっていると確信しています。
気づき事項列挙してみます。
休日
以前:仕事、強迫観念等の苦しみを心理的に解決する時間。
現在:単に会社に行かなくてもいい日。溜まった雑用を片付けながら、好きなことをするのみ。
雑用
以前:やらなければならないと感じつつ、ぎりぎりまで溜めてしまうもの。
現在:気づいたら、勝手に体が動いて片付けているか、もしくは面倒であれば、気が向くまで
ほうっておくもの。面倒でもやり始めれば、気づいたときに終わっているもの。
仕事
以前:自己実現すべき対象。苦しい人間関係が待っている所
現在:生活を維持するのに必要な事。その内容の大半が雑用であることに気づく。
興味関心
以前:哲学や心理学
現在:生活に密着したものに興味が湧く。字をきれいにすること、車のメンテナンス、パソコンの
操作等。
ざっとこんなものでしょうか。
自己言及的な思考が少なくなり、淡々を毎日が過ぎていきます。
たかがスーパー されどスーパー 投稿者:きらきら
投稿日: 7月17日(木)12時03分23秒
sbさんへ
お返事をありがとうございました。私にとっては、今でもスーパーは、少し危険な場所なので、昨日は肝心なことをsbさんに上手く伝えられませんでした。
スーパーでこそ「無為療法」です。丸腰でスーパーに行くのです。今度行く時は、上手く買い物をしてみせるぞ!なんて決して思われない方が良いかと思いま す。まかり間違っても、スーパーに対しての傾向と対策など考察なさらないように。
店内での思考の大混乱は仕方ないです。だって神経症なんですもの。そして お店を出た後も、この混乱が暴走しますよね?(私の勘違いでしたら、ごめんなさい)この思考の暴走を止めることは無理かと思われます。私の場合は無理で
す。だから、頭の中は、スーパーのことでいっぱいなのだけれども、歩いて家に帰る。
帰ったら、買ってきた物を冷蔵庫に入れたり、雑貨を納めたりする。そう してお料理にとりかかる。(この時、頭の中が、まだ混乱状態だったとしても)お料理が出来上がったら、食べる。それから、お風呂に給湯したり、その他洗濯 物をたたんだり。そうこうしているうちに、混乱は過ぎ去っている。。。全ては、これじゃないかと思うんですが。言葉が足りなくて、上手く説明出来なくて申 し訳ありません。
夜中にレトルトの買いだめというには、なんか違うというか。。。なさらない方が良いように思います。美味しいものを楽しく食べるのがいいですよね。
斎藤先生へ
すみません。ブロッコリーを手で触って確かめているのは、私です。
築地でお魚をお買い求めになるとは、さすがです。栄養、健康、これも斎藤先生を見習おうと思います。
そして。。。もし、斎藤先生の無為療法に出会っていなかったら。。。
私は、スーパーの店先にうずくまり、そのまま病院行きになっていたかもしれません。ありがとうございます。
私の神経症解釈 投稿者:たけ
投稿日: 7月16日(水)12時37分29秒
また、読んでしまった。
鬱の場合はセロトニン等、脳内物質のバランス
の問題でしょうが、神経症はまた、違う要素があるでしょう。
神経症は反復の動作により、その脅迫観念を深めていく。
しだいに、神経症独特の思考と行動から離れられなく
なっていく
よって神経症は学習によって獲得された病であると
考えるとしっくりくるのではないか。
子供が言語を習得すべく、遺伝子にコーディングされて
いるように、神経症も、発症と同時に、その脅迫行為を
反復して脳内に回路を形成するようにプログラムされている
のでは無いだろうか。
無為療法はとても、明確で神経症の動作を止めるよう
勧告する。
これは、とても、人間の頭のしくみに対し合理的に見える。
日本人が外国に暮らすと漢字を忘れてしまう。
体操選手が練習を休むとあん馬から転げ落ちる。
やらなければ自然に忘れるのが人間の頭脳のしくみで
しょうね。神経症もきっと同じでしょう。
非常に明瞭に思える。このホームページを見た
とたん、心理分析のたぐいが、くだらない小細工に
思えて全て捨ててしまった。
斎藤さんへ
薬はなるべく止める方向で考えています。鬱は脱却しましたし、
何より、副作用の眠気がひどく、あまり飲みたくない。
斎藤へのEメールから 2003年 6月30日
遺伝のことと親子についてです、神経症が一人いれば大体身内が神経症です。親子で神経症というのはとても多いでしょう。斉藤さんのHPの掲示板に書き込んで、下らないことを言う連中も悪いですが、神経症者が親の場合は最悪です、教育といって自分の神経症論を押し付け、神経症の子供はさらに地獄に落ちていく。最悪です。なんたって大義名分の「教育」ですから。
誰がなんと言おうと、親は自分の意向をかえないでしょう。さらにもう自殺というようなところまで、子供を追い込むでしょう。
神経症脳は年がら年中興奮しっぱなし、それに追い風を吹かせる親、塾に行くのが嫌といえば、親が呼び出され説教、さらにボコボコにどつかれる。嫌々行く、当然点数が上がるわけがありません。成績は中の下から下の下へ。もうぼろぼろでした。結局、3年間塾へ通わされていたのですが、なんの成果もありませんでした。それでも親は「いい経験になった」という。
塾が終わったら今度は中学校生活が始まった。これも散々な物だった。クラブに入ったのはいいが、いい加減でメンバーからは嫌われる。精神も荒廃してきて、不良の連中と喧嘩が絶えない。しかも強迫観念で格闘技を始めたせいで、余計に不良に絡まれ、喧嘩三昧。これが2年間続いたのだが、ラストの1年間からが本格的にまずくなった。体調はおかしい、精神が統一されない、頭がうるさい。
受験シーズンになると親がお決まりの「教育」を振りかざして襲ってくる。本気で自殺を考えたこともあった。このあたりから神経症生活になりかわってしまった。神経症者の皆さんがやっている「治そうとして人生を無駄にする」を始めてしまった。強迫観念が一日中つきまとってきた。
受験は一応受かったが当然高校生活に入れる余裕などなく、一年間の休学をした。この間もずっと神経症を治そうとしてやったがさすがに丸一年間ありとあらゆる療法をためすと、もう自分を治す療法はないと感じ、カウンセリングもすっぱりやめてしまった。
そのときにこのホームページを見つけた。私は最初本当に効果があるのかと思ったが、自分の効果を求める姿勢こそが神経症だということが痛いほどよくわかった。その後は信じられないことに、いままで苦しんでいた対人恐怖とかがすっぱりやんでしまった
といっても、今もフラッシュバックと思われることが多々起こるがそんなことはどうでもいい。高校生活が淡々とした風景になり、気が付けば1日が終わってしまっている。おしゃべりして、笑ってたりしてるのがおもしろい。学校が少し楽しく感じた。初めて楽しく感じた。 斉藤さんには本当に感謝している。私が行っている学校にも神経症と思われる人が数人いるが、もしかしたら手助けできるかもしれない。他の人もはやく無限地獄から脱出して欲しい。
あと、あえて無為療法のテクニック的な事を書かせてもらうと、とにかく頭をすっからかんにして、目の前の何かを開始すること、これに尽きると思います。自分の頭の中から発生する恐怖や不安に「振り向かない」こと。それと脳は自分の不安や恐怖に説明をつける、(これは自分の意思に関係なく)これが神経症の本質を見えなくする大きな要因かも。惑わされないでください。
神経症者は物事を開始するときに強迫観念が襲ってくる事があるが、これを無視する。たとえるなら、脳の奥で不安という炎がもえさかっているが、これを見ないふりをしながら淡々と目の前のことをする。そのうち炎は弱まってしまうが、これを期待してやるのはだめ(その時点で無ではない)。あとはこれを止まらないように続けること。神経症者は堂々巡りの思考をしていてもまったく気づかない。
斎藤へのEメールから 2003年6月16日
はじめまして
去年の12月位より無為療法のページを拝見させて頂き、10歳の頃から苦しんできた赤面恐怖が軽快してきました。予期不安、妄想、強迫観念に対して常にエネルギーを消耗していた頃を考えると、現時点ではフラッシュバックはたまにあるものの物凄く楽になりました。本当に無為療法と巡り合わなかったらと思うとゾッとします。どうしてもお礼が言いたくてメールしました。ありがとうございました。
これからも頑張って下さい。
斎藤へのEメールから 2003年6月15日
学校に復帰してから、もう2ケ月ぐらいです、時間が経つのが速いです。やりたかったことが自然にできるようになり、今は休学してしまってから落ちた体力を取り戻すべくトレーニングに励んでいます、(減量も兼ねて)最近はトレーニングの成果がでてきてみんなに腕が太いといわれ調子に乗っています(笑)
生まれてきてこんなに物事が続いたのは初めてです、頭が自然にくるくる回りますし、なにより自分のしたいことができるので、とても充実しています。といっても完全に健康世界に出たわけではなく、急に不安に襲われ、1日ぐらいパニックになることがありますが、これは仕方ないのかもしれませんね。
それと最近気づいたのですが、神経症の人が一番陥りやすいのが、言葉によって思考してそれで治る(解決する)と思い狂気の世界へ転げ落ちていくことだと思います。言葉とか理論とかで考えても実際、脳では前頭前野が働いてないのではと最近は思います。
神経症の人はこの理論とかの方に偏りすぎて、この無という概念を理解できない。人間が物事を処理するときには言葉とかを使わないし、むしろ感覚的なものでやっていると思う、このときは扁桃体の活動が静まり前頭前野が活発になっていると思います。
頭を真っ白にして目の前のことをやる、それだけの事だと思いますが、これが神経症真っ最中の人には難しい、実際この理論の誘惑はすさまじいものがありますが、これを振り切った人たちが健康世界に出れる。
日本で神経症のことを理解してるのは、ごくごく少数だと思いますが。無為療法を中心にもっと広がればいいと思います。
斎藤へのEメールから 2003年6月14日
私は斎藤さんの無為療法を試してみて神経症が治りました。フラッシュバックもありますが、普通に物事を考えられるようになり普通に生活できるようになりました。最初は何がなんだか解らず大きな不安がありましたがその中でも仕事に行きなんとか仕事をこなしてるうちに、人間関係や仕事への適当な責任感やおおざっぱさみたいな物がわかってきました。
全てにバランスがとれてきたと思います。苦手だった人としゃべることもあまり意識せずできるようになりました。今でも苦手な人は多々いますが、苦手な人をできるだけ避けることができるようになりました。前はそれができなっかった。苦手な人とも仲良くならなければいけないと思い込み結果的に悪い方向へ進んでいました。避けるほうがよっぽどいいとわかりました。
時々ひどいフラッシュバックがありますがその時は本当にどん底状態です。自分の周りに壁ができ、すぐその壁につきあたり、ぐるぐる同じところをまわっているだけです。でもそれもなんとか通過するころができるようになりました。1回神経症が治るとその感覚みたいなものがわかっていつまでもフラッシュバック状態の中にいることがなくなると思います。フラッシュバックはすごく嫌です。自分は普通ではないと思い出すときです。異常だなと思います。
自分でも分かりますがどうしようもできない。大きな不安につつまれパニックになります。でも私がまだまだあぶなっかしいながらも普通の生活を送れるようになったのはすべて斎藤さんの無為療法のおかげだと思っています。斎藤さんのホームページと巡り合うことができ本当によかったです。
本当にありがとうございます。
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