神経症からの開放

有力投稿 
神経症   投稿者: 洋介  投稿日:12月20日(火)00時36分23秒
神経症は、残念ながら、斉藤療法以外では、治りません。あなた方は、10年して治らず、その後に気が付くのでしょう。斉藤療法以外になかったと言う事実 を。下の外国人も恐怖突入、努力をして一生を終えて行くのです。テレビで精神病棟を特集していましたが、対人恐怖の高齢者集団でした。彼らは、20代で患 い、その後、50年を対人恐怖で過ごしている大変悲しい人達でした。神経症者は、生き方を変えなければなりません。努力の先にあるのは、絶望です。我々、 神経症者は、間違った、脳の指令によって、キチガイな努力と日々を過ごしているのです。斉藤先生の神経症に対する、日本唯一の神経症解放のこのサイトが、 未だ、受け入られずにいるのが、悲しいばかりです。皆さん、真実を受け入れられないのでしょうか?神経症は、治るか、治らないかです。良くなっていく自分 を判断するでも、悪くなっている自分を評価するでもありません。斉藤療法が絶対唯一です。どちらにしろ、斉藤療法に戻ってくるのです。僕は、斉藤信者でも 何でもありません。唯、人生を変えてくれた、斉藤先生に感謝しているのです。あのまま生きていたら、僕の人生は、真っ暗でした。

2005さんへ  投稿者: 洋介  投稿日:11月24日(木)01時43分55秒
あなたの文章は、読んでいてとても不快になります。なにが、おかしいのでしょうか?神経症は、難治性の大変強い、脳の病です。とめどない妄想に打ち勝つ事 は、大変に困難な事なのですよ。あなたは、狂いの真っ只中にいるから、自分が狂ってることにもきずかない。それでいて、分かったようなことを、書いていま すが、それでは、社会生活は厳しいでしょう。

我々、神経症者は、社会に大変、迷惑を、かけているのです。僕は、無の雑用が全てだと思っています。何の療法を受けても全く良くならなかった。薬も無意味 だと思っています。薬は、無の雑用に入りにくくするし、思考を乱します。唯一の効用は、自分が狂っている事実を、忘れさせてくれることです。それは、思考 がストレート化されない為に、真実がぼやけ見えなくなることを言っているのです。過去に、解放に向かっている何人かの方々が、ノイローゼ治癒の道程を、い くつか記されていましたが、僕は、はっきり言って、あれでは治らないと今は、感じているのです。無為療法がすべてです。また、無為療法がすべてであると言 えない方々は、治ってないのだと確信しました。

世の中に無為療法しかないと言う事実が怖くて受け入れられないのだと思います。1000人に1人治ると言う事実に、過去はその確立の低さにがっかりしたの と、嘘だろうと言う思いが強かったのですが、現在は、この超難治性のこの病が、これだけ高い確率で治ると言う事の方が信じられない心境です。以前、この掲 示板に紹介されていた、貝谷医師についても、この方は、精神医学会では、大変勉強家、研究熱心の珍しい医師であるが、以前通っていましたが、今は、信用を 全くしていません。何故なら、著書の中で、恐怖突入を謳っているからです。慣れるために、治す為に、人の中に入っては、絶対いけません。不安が、爆発する だけです。

神経症になった事がない医師に神経症は分からないのです。そして、神経症が真に治った医師が1人もいないから、医師に神経症は、治せず、薬の処方がいいと ころです。一人で強制のない無の雑用が大事なのです。最近は、一人子が多く、何でも親がやってくれる為、この子達は、将来、大丈夫だろうか?将来、反社会 的行為をしないかと心配になってきています。僕の世代現在20代前半の人間、周りにいる人間を見ても、神経症傾向の強い人間が多いので尚更です。これで は、会社勤めもままならないだろうなと思うのです。2005さんへ、これは、返信を期待した文章ではありませんので、返信しないでください。狂った人の解 釈は、不快になるから、聞きたくないのです。


Miss Aさんへ  投稿者: MS  投稿日:10月 2日(日)05時49分56秒


「常に無の状態で目の前の雑用を行う」

このことに辿り着くまでに,無為療法に出会ってから5年近くの歳月を要した.5年もかかったのは,Miss Aさんと同様に,無為療法の妥当性やここに書いてあることのロジックの整合性を検証しようとしたからだ.私の場合,物に触れた後に何回も手を洗う等の症状は未だに続いているが,それよりも何よりも苦しんだのは,すべての事が正当化されていないとならないことだった.

「そうする理由を考えるな」と言われれば,「理由を考えない理由」を考えた.「雑用をせよ」と言われれば,「雑用の定義」を考えた.頭の芯が痛くなり,吐き気を催しながら,際限なく考え続けた.だから,休みの日に家族を遊園地に連れて行っても,「おとうさんは怖い顔をして固まっている」と言って,妻と娘は私の顔を恐る恐る覗き込むのだった.考えが中断されると極めて不機嫌になった.延々と考えたことを,もう一度最初から,間違えがないか確認しながら考えなければならないからだ.だから,考え込んでいる私にじゃれつく娘を,何の罪もない娘を怒鳴りつけた.

私が冒頭に書いたことに辿り着けたのは,気持ちの整理が出来なくても,そうする理由がわからなくても,たとえ一瞬であっても,目の前の雑用をすることが出来ることを知ったからだ.Miss Aさんはきっと,「そう出来ること」と「そうすること」は違うと言うであろう.しかし,それでもそうするのである.これを敢えて言葉に表現したものが,「最後の砦は意思である」なのだと思う.

Miss Aさんは,「療法さえも捨てる」は矛盾していると言う.私も同様の疑問に幾度となく翻弄された.しかし,今は何の矛盾も感じない.それは例えば次のようなことだ.無心で雑用をこなしていて呪縛から解放されているA氏がいたとする.これを見たB氏が,自分もそうなりたいと必死に雑用したが,B氏は神経症のままであった.そういうA氏とB氏の事実があると言う,只それだけなのだ.

私は斎藤さんに感謝している.「よくなりました,有難う御座います」と言える段階ではない.言いたいのは,A氏とB氏の事実を,そして無為療法の全てがこめられた冒頭の一行を,誰でもがアクセスできる形で広く世に開示した,この偉業に対して感謝しているのである.この掲示板にかつて登場した,ひとみさん,ナンデちゃん,cさん,yosiさん,ヨシさん,蝉さん,スーパージェッターさんを始めとする多くの方々の投稿は,まさにA氏の事実を物語っているのである.

投稿さえなくとも,このHPに大きなインパクト,それも人生の転機となるようなインパクトを受けた人は少なからずいる筈である.無為療法は神経症者に限らず,健康な者にも大きなインパクトを与えるに違いない。



ありがとうございます。  投稿者: 花歩  投稿日: 9月14日(水)23時15分32秒
 斎藤さんありがとうございます。

 斎藤さんの言われる通り、神経症を治す目的で、必死になって、がんばって動いたり、雑用したりするのでは無い、雑用(動き)などをしている、日常生活を 送っている時の自分自身が一番、思考もストレートで頭の回転も速く、意識は自由にあちこちに向かい、決断、判断も速いです。

また、悩もうにもなかなか悩めませんし、神経症を治すためにしない雑用などをしていると、自然に思考の暴走、扁桃体の過活動も落ち着いていき、頭がスッキリとクリアになっていきます。

また、今では体の動きがどんどん自動化(無意識化、習慣化)されていくため、雑用などの日常生活の中での動きのスピード、行動力が飛躍的にアップしてきました。

神経症の外の世界に出ました\(^o^)/  投稿者: 花歩  投稿日: 9月 6日(火)13時53分54秒

    斎藤さんこんにちは!2週間前にこの掲示板で、神経症の外の世界に出たかどうかの質問をさせて頂いた者です。

    前の投稿から今日まで私は、神経症を治す努力をすべてやめて、神経症を治す目的でやらない、雑用のための雑用などをして生きていました。そして今日、神経症の外の世界に出たようなのです。また勘違いだったら御免なさい。

    それは、体が自然に動く。(意識する前に体のほうが自然に先に動く)
    雑用をしようとする際にほとんど迷い無く開始できる。
    楽に雑用がこなせる。それは、強迫観念が無いから。
    *強迫観念(何か一点に極度に意識が集中してしまい、思考が異常暴走していて、動きが      止まってしまい、身体が固まり、etc・・・)

    強迫観念が無いので、別に動かなくても楽。そして、人間関係のことについても考えないように出来るし、何かの哲学や、思想、人生の答えなどの、答えが無いようなものを長々と考え続ける事をやめる事により、思考の暴走を許さなくなった。そして、悩むことがとても少なくなった。etc・・・。
    このような状態が今の私です。また勘違いだったらいけないのでここで終わります。

(無題)  投稿者: ロゲイン  投稿日: 8月21日(日)13時35分5秒
>雑用をしろなんて言われなくても、雑用くらい自分自身で判断して、勝手にやっていまよ。」この反論は妄想状態特有だ。こんな反論は意味がない。

>自分の子供のこと、将来のための計画、資格取得のための勉強、遊び、旅行の計画などなど、すること、したいことがたくさんあって、自由に生きておられます」
他人はいいがあなた自身はどうか?

>明るく、前向きに、生き生きと自分らしく生きていけるようになっていった人達が、キザさんのHPで治っていっている方々です」
観念的で相対的な文章をここでは、受け付けませんよ。

元気さんには、無為療法への疑いと妄想状態を抜けられない苛立ちを感じる。
このホームページをよく読めば、これしかないとゆうのは次第にわかりますよ。

お久しぶりですね先生、最近カメラに凝りはじめ撮りたいものだらけでそこらじゅうで撮っています。たまに不審者に見られているようです(笑)


(無題)  投稿者: きらきら  投稿日: 8月19日(金)14時16分47秒
斎藤先生へ
コメントをありがとうございます。
雑用を続けているうちに、いつの間にか、苦手だったスーパーへ何の抵抗もなく平気で通えるようになりました。今、気がついたのですが、1年半くらい前か ら、ムードスイングも軽くなってきました。以前は、ちょっとしたことでムキになったり、些細なことで大感動したりしていました。バカみたいに狂っていたん ですね


昨年末にホームヘルパーの資格を取りました。対人恐怖で、外出困難の私がヘルパー資格が取れるなんて思っていませんでした。先生には心から感謝しています!
精神障害者ホームヘルパーという資格もあるので、それも取得したいなぁ〜などと考えています。今は、専業主婦をしていますが、昔のように、1日の大半PCの前に座り込んだり、スーパーに買い物に行けないなどということは全くなくなりました。
フラッシュバックは、たまにありますけれどね。そんなに辛いものではなくなりました。

明るい未来さんへ  投稿者: ライブドア  投稿日: 5月 9日(月)10時11分43秒
なぜ「質問」などするのでしょう?
それを聞いて、何かをして、結局「今よりも精神状態を改善させたい」のではないですか?
それは、すなわち「治そう・直そう」としているということでしょう。
yosiさんの言われる「身障者の自覚」すなわち「治さない」と対極にある発想です。

@質問したい(欲求)→Aでも質問しない(行動しない)、のように、
どんなに「治したい欲求」が自分の中に生まれても、それに基づく一切の「行動」をしないで、生活の中の活動がある状態が数ヶ月続けば、嫌でも心のことなど忘れていきます。
人間の記憶力など大したことはありません。

それを変に「治す方法を実行」したり「質問」したり、刺激を与えるから、特定の悩み事が
何年も自分の中で色あせないのです。

こうした数ヶ月スパンでの自分の変化が見通せず、一時の「治そう欲求」に負けて心のお話が
したいなら、キザさんの所でも発見会でも、ここより歓迎される所はいくらでもあるでしょう。
彼らもあなたと同じく、「心のことを話すのが止められない人たち」だからです。


無題  投稿者: 今井  投稿日: 5月 2日(月)08時51分36秒
無為療法を開始して半年余り、最近、自分から人に挨拶するようになりました。たとえその時、相手から返事がかえってこなくてもいいのです。
○○をやっているときは苦しくてもやるべきの☆☆ですから苦痛でしかたがなかった。今では自然とやる気がでてきます。

議論  投稿者: ku-  投稿日: 4月27日(水)23時32分55秒
斉藤さんの今日の言葉というのを拝見しました。斉藤さんがおっしゃるように、神経症を治す立場に立っている人は根本的な間違いをしますね。
本来斉藤療法は議論はなり立たないはずですから。つまり「だれが」「なんのために」ということを察すればその質問も解答も消えるはずだからです。
それは「治そうとしているこの私が」「神経症を治すために」
持ち上がった疑問のはずです。一見どれほど高度に見えるような最もらしい疑問、質問でも大差はありません。
その動機は神経症を少しでもよくしたい、治したいという動機から始まっています。
斉藤療法にあたっては全ての質問が「ゼロとはいくつですか」「無とはどういう状態ですか」「透明とは何色ですか」という質問になってしまいます。
今回この雑用のことが議論として持ち上がったのは無色透明である斉藤療法の中で「雑用」ということが神経症の人からすればいかにも「療法」としてしがみつき易い事柄だからでしょう。
斉藤療法は療法としては存在していません!
ではあなたは斉藤療法における雑用をどのように捉えているのですか?
という声が聞こえてきそうですが逆にこう質問を返しましょう、、、。
あなたはなぜそれを聞きたがるのですか?と。この質問に納得がいかなければ斉藤療法は無意味になるでしょう。

神経症とは  投稿者: 加藤  投稿日: 4月 8日(金)16時33分28秒
ベトナム戦争などに行ったアメリカ兵は帰還してから不眠症などの症状に悩まされています。私はこれも神経症の部類に入るものだと考えます。帰還した兵士は 車の音を聞くだけで戦車の音が無意識に連想されてしまい、心臓は高鳴り、ふるえ、意識は研ぎ澄まされると言います。これを理屈で「車だから安全だ」と考え てもどうしようもありません。むしろ恐怖反応は生存のために必要なものです。もし戦争中危険な状態なのに恐怖反応が全く起こらなかったら生存して帰れる可 能性はないでしょう。
戦場の闇の中では当然のごとく意識は鋭く研ぎ澄まされ(有意識=神経症と共通)、あらゆるものに注意が向き警戒
します。この反応をなくそうとしてできるものでしょうか?不可能です。それが日常生活にまで及んでしまう帰還兵もいるわけで、その場合日常生活も警戒心や準備に満ちたものになります。それを解消するには思考のストレートにするしかないでしょう。
ただこれはかなり難しい作業でもあります。警戒心の少ない人を注意深くするのは簡単ですが、その逆は非常に難しいのです。なぜならそれは生命を維持すると いう生存本能に閉ざした恐怖という反応だからです。神経症の有意識も警戒信号が起こっているものと考えます。それを沈静化するには、やはり治療の停止と、 理由ナシにやる雑用、そして何よりそれなりの時間が必要です。○○はある患者は1日で治ったなどと記述していますが、断じて短時間で治る性質のものではあ りません。(それは一時的なブレインロックの解消にすぎません)その時まで無為療法を継続できるかどうか。それが何年後かの未来を天国にもするし地獄にも します。

神経症の存在  投稿者: 加藤  投稿日: 4月 7日(木)20時12分36秒
以前何かの本で発展途上国などで非常に貧しいな国では神経症がないということを読んだことがあります。そういう国ではみんな生きることに必死で絶え間なく 生きるための活動をしています。昔は日本でも神経症は「貴族病」と呼ばれていたそうです。日常生活は雑用そのものです。雑用というと急に拒絶反応を示す人 がいるが、そういう人でもトイレはちゃんと無意識に行くようです。その際にいちいち「トイレに行くか行かないか」迷ってるわけではないでしょう?ただ排便 したくなったからするだけでそこに有意識が存在する余地はありません。雑用も同じです。生活そのものが雑用で成り立っています。治るとか治らないとかそん なことは度外視して、ただ目の前にある雑用をこなしていく。
治る治らないは自分で決してコントロールできる問題じゃありません。たとえどんな療法をしても治すことは不可能でしょう。療法をやめ、理由を問わずただ雑 用をして時が経つのを待つしかありません。それを神経症を治すために雑用すれば、傷口のかさぶたを治ったかといじくるのと同じで永遠に治癒状態(日用生活 が無になること)は訪れません。


たれたれさんへ  投稿者: 匿名  投稿日: 4月 7日(木)10時52分49秒
 私もまだ妄想状態なので、貴方を指導する資格はありませんが、どうしても黙っていられないので、四つだけアドバイスさせていただきます。
・人生相談はやめましょう。
・短期の仕事も一生懸命やりましょう。
・仕事がなければ、家で雑用しましょう。
・その名前なんとかなりませんか。匿名もあまりよくないかもしれませんが。

 最近、皆さんとてもお元気ですね。私もいつまでもうらやましがってばかりいないで、さっさとなおってしまおうと思います。


無為療法  投稿者:  投稿日: 4月 7日(木)08時49分58秒
皆さんこんにちわ。蝉です。
桜がきれいな季節になりましたね。
私の家の近くの川のほとりでは、夜ライトアップされた桜があるのですが、
実に見事です。親鸞の下記の言葉通り、チャンスを逃したら意味がありません。
「明日ありと 思う心のあだ桜 夜半に風の 吹かぬものかな」

神経症者の方たちには、そんなことより、「神経症を治す方法を教えてくれ!」と
いう言葉が欲しいのでしょうがそんなものはありません。
私も神経症でぐるぐるしていたときは、桜とか親鸞なんて考える余裕はなかったのです。
だた毎日、治す方法を探し、実践、挫折の繰り返しでした。

無為療法が良いというのは、斎藤先生の味方になったり、肩を持つわけではありません。
神経症を治すには、医者に行かない、人に意見は聞かない、○☆会という名のつくところには行かない・・・というだけなのです。

だた、仕事で稼ぎ、身の回りの雑用を「無」でこなす。
神経症なんか治らなくてもいい!と開き直ればいいんですよ。

それでは、また。 蝉

(無題)  投稿者: 加藤  投稿日: 4月 5日(火)20時58分52秒
雑用をしたり何かを始めるのに意識的な努力は本来伴わないものです。
普通の人は客観的に見ると「ふっと」雑用にはいりますが、
その「ふっと」の意識さえありません。ほとんどが無意識でなされているので毎日が早いです。
○○さんの言うとおりに○○は言葉を強調しすぎなのでしょう。
特に有名でひどいのが「あるがまま」ですが、普通の人間が一体全体「あるがまま」などという発想をするでしょうか?たしかに普通人は「あるがまま」ですが、それは無意識になされている状態であって、どんなに努力しようと自分で作り出せる境地ではありません。それを意識的に作らせようとすれば混乱そのものです。
神経症患者の大半が○○療法を「○○療法主義」として生きていきますのでこれでは一生神経症です。無為療法が治療であって治療でないのもこのためです。

神経症者は何が治癒状態なのかわかっていないのだと思います。だから○○療法のウソが見抜けないのでしょう。治癒状態の私から見ると、言葉は悪いですが生活の発○会などはバカそのものです。なんでこんなバカらしいことに気がつかなかったのか自分でも不思議です。

風呂夢さんの投稿について  投稿者: 匿名  投稿日: 4月 4日(月)10時24分3秒
治っていない者なりに批判させていただきます。加藤さんの文章を読んでください。心理分析や心理療法を捨てて、ただやればいいんです。どんなに恐ろしい フラッシュバックが来ても、雑用するなら、短期の治りは一瞬です。しかし、これを宇佐先生のように、全治と勘違いしてはいけません。宇佐先生はご自分が神経症でないからわからないのです。短期の治癒を全治と勘違いしたら、強迫観念地獄行きです。

無為療法の普及  投稿者: 加藤  投稿日: 4月 3日(日)18時46分31秒
私が神経症の真っ只中の時は必死に療法を探していてあらゆる書籍、HPを見て回ったものです。今では全く興味がなくなり関連書籍は全て古本屋に売り払ってしまいました。
それにしても○○療法など名の通った療法がインチキで、無為療法という神経症治療ではまだ名が知られていない療法が真実だというのはなんと皮肉なことでしょう。やはり評判に惑わされず、自分の目で何が正しいのか判断していかないとだめですね。

神経症の人は脳がおかしいので○○療法を見ておかしいと気がつかないのだと思います。以前「雑用をやり続けていたら人生がダメになる」と言う趣旨の書き込みがありましたが、その「雑用をやり続ける」という感覚が既におかしいのです。普通人 が雑用をいちいち「する」「しない」などという思考をしているとでも考えているのでしょうか?普通人は「雑用」などという発想自体していないし、当然のごとく雑用をしていて「雑用をしている」という感覚がありません。
やはり神経症は妄想の世界そのものだと思います。無為療法で治る、治らないを議論する前に、ただちに雑用したらどうでしょか?そもそも神経症真っ只中でそんなことを議論すること自体が無意味なのです。掲示板見て理屈をこねているヒマがあったら動いてください。

○○会は  投稿者: 加藤  投稿日: 4月 1日(金)16時14分54秒
○○会に入会し、継続してしまったら一生神経症は治らないでしょう。○○療法など何かの療法を基盤として生きる人間は、変な宗教を信じて生活を送ること人間と大した違いはありません。両方ともある理屈や理論に縛られてその範囲内で生きてるだけなのです。したがって無為療法を「療法」としてやると失敗します。無為療法のHPで神経症について深い理解を得たら、もう無為療法のことなど忘れて、理由ナシに雑用を開始し、一切の治療をやめることです。このストレスの多い時代に○○会などがはびこるのは非常に憤慨です。
治った人間から見れば一発でウソだとわかります。(普通の人間がやらないことを推薦しているからです。普通人から見れば奇妙そのものでしょう)

私も何年前かに斎藤氏のHPを見たときは、療法の完全停止などと何を言ってるんだと思ったものですが、あらゆる療法を試し治らず、神経症のどん底の中再び 無為療法のHPに出会い、無為療法を開始したところ明らかに回復に向かっています。そして他の全ての療法がウソだということを斎藤氏が主張するわけがはっ きりとわかりました。
結局日常生活が「無」になることが治癒状態なわけですが、何かの療法をやるということは、「治ったか」と確認の意識が自分の内側に対して働くため、心が「無」になるわけがないからです。

○○が主張する「あるがまま」も確かに合っていますが、神経症者が「あるがまま」にできるのであれば最初から症状は存在しません。あるがままを意識的に作り出そうとすれば、それはすでに作り物の心で
対人恐怖の人が「人前でおじけづいてはならない」などと自分に言い聞かせているのと同じレベルなのです。
本当にあるがままになるためには、理由を問わずただ雑用すればいいだけです。

「雑用療法」と誤解  投稿者: ライブドア  投稿日: 3月30日(水)14時43分40秒
@自分がA「雑用」という「治す方法」を実行してB”ショージョー”を克服しよう、
としている間はC仕事・私生活ともに意欲を失い、自分の心を見つめ続けて一生を終えるでしょう。
それは「雑用療法」(!?)ともいうべき、「治すための努力」の一態様です。

ところで、そもそもなぜ貴方はA「治す方法」を実行したのでしょう?健康な人は
自分を治しません(笑)。それは、貴方(@)の中に「治そう欲求」が潜んでいる
からです。

このHPの主旨は、「治す方法」を実行しない(⇔A)”ショージョー”を治さない(⇔B)ことで、
自分(@)の中の「治そう欲求」を自然衰退させることと考えています。
そうすると、心を見ずに、自分の生活を送れるようになっていきます(⇔C)。

「治さないことで治すのは矛盾である」という指摘は、「治す」の定義を、
T.”ショージョー”を取り除くこと、とU.「治そう欲求」を衰退させて
充実した生活を送れるようになること、を混同した誤解だと思います。

神経者は  投稿者: 加藤  投稿日: 3月27日(日)22時15分30秒
神経症の人はこんな掲示板見てあれこれ理屈をひねってるヒマがあったら、今すぐ立ち上がって雑用しましょう。理由は一切問わずです。とにかくただやればい いんです。「神経症を治すため」などと理由を問うて雑用すれば一生治りません。一切の理論、概念を捨ててただやればいんです。


ライブドアさんに同感  投稿者: ホリエモン  投稿日: 3月25日(金)07時32分9秒
神経症者は自分の症状が良いとか悪いとかを語るのに忙しい。斎藤氏が雑用を強調するのは、無目的な雑用が脳の扁桃体を沈静化すると言うのに、神経症者は、雑用をすれば神経症が治る!と錯覚している。
だから、「これから雑用をします!」とか「雑用をすると心に変化が起きます」なんて言っている。子供じゃあるまいし、そんなことをいちいち報告している暇があったら斎藤氏の本を読んで、無為療法の原点をもう一度理解してみなさい。

斎藤さん蝉さんに同意  投稿者: ライブドア  投稿日: 3月24日(木)17時25分23秒
全く同感です。「治す」のを止めて自分の生活を送っていると、自分の心のことなどに関心がなくなってくる。見なくなる。そういう人間の口からは、「自分の心がどうこうです(調子がいい・気持ちがいい)」
などどいう言葉が出てこなくなる。
仕事とか、”G子”ジャパンのイラン戦とか、ライブドアとフジの戦いとか、興味のあることはいくらでもある。「自分の心」なんてツマラナイことは話す気がなくなってしまう。

雑用について  投稿者:  投稿日: 3月24日(木)11時26分4秒
神経症を治すには、「雑用をやる」。確かにそうだ。
しかし、「雑用をやれば神経症が治るんだ」という気持ちで雑用をしては意味がない。雑用をやるとはただやることである。それをすることにより、気持ちがいいとか神経症が治りましたなんて言うのは嘘だ!
一般人は、雑用なんてことば自体言わない。ただやっているだけである。

柳井さんへ  投稿者: ライブドア  投稿日: 3月16日(水)17時39分52秒
@「治そう欲求」が生じるA治す方法を実行する@「治そう欲求」が強まる
A治す方法を実行する・・・とエンドレスに一生やり続けるのが(生涯○○?)
「治そうとする病気」、神経症です。

柳井さんはAでもがいておられますが、すでに地獄の連鎖にはまっています。
@「治したい」からBでも治さない、病気と関係のない生活を淡々と送る、
へ行かないと、自分の内面を見つめながら一生を終えますよ。
結局、テキは”ショージョー”ではなく「治そう欲求」なのです。

私はモリタリョウホウなるものに好意も敵意もありません。
A「治すためのナントカリョウホウ」には興味がないだけです。

近況報告 投稿者:スーパージェッター  投稿日: 2月13日(日)19時22分48秒
”治す方法を探してはならない!一切の療法と薬を遮断する!”の”無”を実践して7ケ月が過ぎよう
としています。この簡単な事で世の中が明るく有意義になりました!つまり、その時間が他の時間に当
たられる様になりました!今までフラッシュバックと現実を錯覚し、向上心と慾し治癒探しと過ぎ去った事の反省でグルグル巻きの連続で自分を締め付けていま した!フラッシュバックがあっても脳のノイズであります。明るく有意義な時間とはリズム感溢れる活動なのです!その実態は”無”への完全自動化です。英語 で言えば自動反復です。パソコンならば、ブラインドタッチなのです!そこには心或いは動作の動きがあるのが実感出来ています。そうすれば、手動操作の精神 の患いなんかはやっていられないと思います!?社会の営みとは自動化の延長と考えれば、もっと楽に活きて行けると思います!

神経症を治す法 投稿者:  投稿日: 2月13日(日)13時27分30秒
 皆さんこんにちわ。
 齋藤氏の意見に同感することがありましたので、書き込みました。
 それは、多くの人がやらない方法こそ、自分に利益をもたらすということです。

 多くの人は、神経症を治すには何か良い方法が無いか?と探し、問題解決するための方法を試す。または、誰かに相談をする。株も齋藤氏が言うように同じである。本を読んでも儲からない。英会話も同じだ。英会話学校に行っても多くの人は話せない。
 先日も外人と日本人の女性が会話していたが、外人は全て英語なのに、日本人の女は、「ほんとに?」なんて日本語で答えている。

 話がそれてしまったが、私も無為療法を知ったとき、疑ってかかっていた。 「そんなにうまくいくわけないだろ?」と。ところが、どうだろう。もう、半年近く経つが、以前とは比べ物にならないくらい、健康人に近づいている。だか ら、質問もしないし本も読まない。昨日も「ぐおっー」とフラッシュバックが来たが、何も対処しないでいたら、時間とともに通り過ぎて行った。

 私もカウンセリングや早起き会など数多く療法をしてきたが、今は無為療法以上のものはないと感じている。 人の行く裏の道、花の山」という言葉があるが、皆さんも集団で何かをしたり、人に「どうすれば?」なんて聞かないで、自分一人で自分流のものを作り出してください。
 そうすれば、明日から人生が変わります。

神経症について 投稿者:  投稿日: 2月 7日(月)18時19分55秒
 皆さんこんばんわ。

 私が神経症脳の外側に出てきたのは、無為療法と出会いからである。
 数多くの療法(禅、カウンセリング、早起き、成功哲学、話し方教室、○○など)を経験した。
 しかし、それも一時的には効果があるのだが、時間が経つとまた元に戻ってしまう。
 これが、麻薬で言う禁断症状なのだが、神経症でも同じような症状が起きる。私もこの禁断症状に耐え切れず、次々と神経症脳を抑える療法探しの旅をしてきた。 
 しかし、どれも私には偽者であった。私もまだ、日が浅いので「フラッシュバック」は時々起きる。でも、自分なりの対処法があるので、症状が起きても誰にも相談なんかしない。

 皆さんは、「無」なんて信じられないかもしれない。だったら、信じなくてもいいのである。神経症を治すための努力を片っ端から行えば良いのである。「無」を信じられない
人は、もしかしたらまだその時期に来ていないのかもしれない。もっと、もっと発見会や○○療法を行えばいい。内観でもなんでもやればいいのである。
 でも、どれも違う!そして、療法に疲れたとき「無」が理解できるのかもしれない。

「こうすれば必ず治る!」という方法はこの世の中には存在しない。だから、人に意見を求めたりしたり、質問をしたりしても無意味なのである。

 ひとつだけあるとすれば、それは、自分自身の中であろう。

神経症 投稿者:トリビア  投稿日: 1月30日(日)23時59分52秒
健康な人がやっていないことばかり繰り返して「治らない治らない」とはどういうことだろう。自分から健康な世界に背を向けているのに気がつかないのである。
健康な人がやらないようなことをいくら努力してやっても無駄である。いやむしろ悪化する。だから「神経症を治すにはどうすれば良いのか?」などという質問 には答えようがない。答えたら○○と同じである。健康な人はそんな質問はしてこない。もうその時点で方向性を間違っている。神経症の世界に身体が向いているのでその方向へいくら進んでも神経症の世界である。○○療法や神経症関係の本はすべて神経症の世界にあるものだからそれを求めて歩けば神経症の世界へ向 かう。
大体「治った、治らない」なんて会話は神経症の世界の会話である。

私が思うに神経症が治ったというより神経症が無くなったと言った方が正確かもしれない。神経症が治った治ったなどというレベルの話ではなく神経症という病気自体が無くなってしまうのである。逆に言えば神経症が治った治らないなどという話をしているうちはまだ神経症の世界にいると私は思う。

神経症を治そう! 投稿者:  投稿日: 1月29日(土)10時25分19秒
皆さんおはようございます。
最近の掲示板は、活発なご意見が飛び交っていますね。
無為療法と出会った私としても大変うれしいことです。

神経症は、カラクリが分かれば治すのは簡単なのですが、
泥沼にはまると自分でも訳が分からなくなります。
そのひとつの例をお話しましょう。

私は、地元で消防団というボランティア活動をしている
のですが、最近は、活動をさぼっています。
それは、どういう事かと言うと、敵前逃亡というやつです。
これは、「○○療法」の恐怖突入とは逆ですが、
これがすごい!効果なんです。

今までは、「嫌だな・・・」と思っても、がまんして参加していたり、
つまらない宴会にも朝まで付き合ったりしていました。
ですから、「蝉は、酒もあまり飲まないのに付き合いいいよな」とほれられていました。
そう、消防団では優等生だったのです。

ところが、そこに行くと自分には向いていないことをやらされるため、自分の良さが発揮
できず、短所ばかりが出てきてしまいます。そのため、「それを強制するには・・・」という思考パターンに陥ります。そして、神経症になって行きます。

私たちは、斎藤氏が言うように神経症脳を持っているのです。これを忘れてはいけません。だから、自分の向いていないものにはがまんをせず、逃げることにより、脳が正常な指令を出すように変わるのです。

皆さんもこの文を読んでもし「そうそうそうそうそうだよね!」と思われたら、嫌われても、敵前逃亡を実行してみてください。
神経症は本を読んだり、勉強会に参加しても治りません。
ただ一人で、「何もしない」を実行するのみです。

選択肢の重要性 投稿者:スーパージェッター  投稿日: 1月26日(水)06時33分59秒
投稿で以前に紹介したサイクリング療法の方は患い真っ盛りで悲惨な状況です。
胃に穴の発見疑惑があり、精密検査要で胃カメラ検査を受けるそうです。
それは自分でも医者の勧める鬱薬と強めの睡眠薬或いはカウンセラと薬がもたらす一時の安堵感の飲酒に依るものだと言っておりました。おまけにサイクリングで痔だとかも言っておりました。
体臭はするし、家の片付けどころでは無いと言っておりサイクリングに出かけているそうです!
サイクリングから帰って来ると、飲酒して薬を飲んで臭い布団に寝る毎日だそうです。
カウンセラにはバツが悪いのか飲酒を除く良い所しか報告していないそうです。
つまり、患いの強迫観念を避けるための速攻の快感療法を選択した結果なのです。強迫観念の思うまま自分の考えは殆ど無く、防御すら出来ていないのです。
無為療法の素晴らしさ説明しても聞き流しているような感があります。無為療法を本格的に学ぶジェッターの昨年7月までの体臭は除きますが、頭のグルグル巻 きと何ら変わりありません。ジェッターは“高血圧と熱、グルグル巻き頭脳で動くことさえ出来なくなった事”と“日本の精神医療への期待感ゼロ”で治癒の選 択肢が無くなった状態で無為療法を実践したのです。ここで、僅かながらでも快感治療の方を選択していれば確実に社会復帰は難しい限りでした。サイクリング 療法の方はこのままですと、自転車を2台持っているそうですが乗る御主人が居なくなるのも時間の問題かもしれません!?
改めて、選択するバックボーンと決断による実践が二人の雲泥の違いを認識せずにはいられない毎日を送っています

新大陸でのジェッター その1 投稿者:ジェッター  投稿日: 1月24日(月)13時16分48秒
前回投稿したジェッターの履歴書に対しての無為療法に出会ってからの今現在の状況を→に示します。無為療法が唱える生態治癒がもたらす威力の凄まじさに驚くばかりです。矢印がジェッターの今の生活です。

・毎日が長く、思考深い性格と勘違いし、ヘトヘトの就寝であるが夜中目が覚めて悶々とする日々。昼間からヘトヘトで自分にムチを討ち
始める。それで、速い年月の流れであると悔恨する。肉体の衰えと思いつつ、色々と健康とイメージトレーニングに関係する本を読み漁り、栄養ドリンク、ビタミン剤なんかも服用するが気休めの安堵感でありブレインロックの日々を20年近く送る。
→イメージトレーニングはやらなくなった。ブレインロックは限りなく収束の域にあります。
・滋養強壮の養命酒を呑むが酒より不味く、効力が宣伝と大きなギャップに驚くが捨てるのは勿体無いので一気に飲み干したら翌日、今まで体験した事が無い様な不思議な二日酔いになった!
・ナンパオも飲むが目だけがギラギラし朝まで入眠出来ず!漢方も試した。透きぬける超美人カウンセラで長い付き合いとなる予感を喜ぶも、粉の苦味ばしった味であり終日ゲリばかりだった。(良薬口に苦し!は体験できず。)
・流行のアミノ酸も試した。舐めるオレンジ味の錠剤を舐めたがオレンジ味と満腹感しか覚えていない!
→薬局に行かなくなった。健康薬品に見向きもしなくなった。
・毎日のランニングを実行するがタイムとの競争!いつの間にか止めていた。
→ランニングは楽しみながら週一です。
・上司に目を見ながら話せ!と言われて、気分が悪くなって早退した。それ以降、その上司から真剣さが足りないとのレッテル貼られ続けられた待遇だった。
→その上司の心の狭さに驚くばかりであり逆襲するも哀れむ方の気持ちが上回るが、その時間すら勿体無い気持ちである。
・患い文であったろう恋文を書いてポストするも、20年経っても返事が来ない!
→今書いてポストしたら、百%戻ってくるであろう!しかしながら、女性への興味は薄れつつあり野心の心が浮き上がってくる!
・スピーチするも口から言葉でなく何度と無く心臓が飛び出しそうになる。
→新年会で10人程度では問題なくやれた。内容は多くの方はプレッシャーに負けない精神面の強化を今年の目標を掲げるがジェッターはその逆をスピーチし た。過去の零勝全敗であった精神強化だったので、自分に絶対に触れない完全オートマチック!との唱えるも皆様は不思議そうな顔をしてジェッターを眺めてい た!
・ジャーナリスト本を感動しながら読んで充実したひと時であったが、次の日から実態と即さないのでブレインロックの憂鬱の日々!
・あるがままの強行突破の療法を復唱と勇気で臨んだが幾度となく奇人扱いにされる!おまけに、両目の下に隈が出来た。
→あるがままの強行突破は身の破滅を助長すると言っても過言ではない。”あるがままの恐怖強行突破”と題して、近日中に私の経験を投稿したい。
・熟考しながらの会話で、拘りを優れた個性と勘違いしながらの喧嘩まがいの人間関係だらけ!
→熟考はしなくなった。敢えて熟考すれば、昔の情けない自分が蘇ってくる感がある。死語になりつつある。

新大陸でのジェッター その2 投稿者:ジェッター  投稿日: 1月24日(月)13時15分6秒
・最新鋭MRIで頭部の写真をとり、医者から「異常なし」の宣告!ヤブ医者と思 いながら大量に酒を呑む!今考えれば、最新鋭MRIを薦めたのはその医者だったので、ヤブ医者と言っても過言ではない!写真に写るような異常があれば、カ ウンセラなんか出来るハズがなく痙攣している事を無為療法の実践しながら学んだ!
→メンタルヘルス診療所のカウンセラは無意味で高額請求のインチキな事が分かった!ボロイ金儲けの職業だが、誰も幸せにしないので私には出来ない仕事だ!
・資料作成も完璧を狙うが、コメントが入るだけでイライラばかりで作成気力ゼロ!その資料も現在、めくって見ればカチカチのロボットが書いたような駄文で見るに値しない資料だった。
→資料も進んで作る。コメントも恐れなくなりコメントする方の知識レベルに呆れるも完全自動操縦で対応がスムーズに出来るようになる。感銘させるは別だが、文章作成もスラスラである。
・言葉のミスマッチでも喧嘩になり、何度もシミュレーションしながら相手を封じ込めるまでの策を再考したが常に悪い結果で事が運んだ!
→喧嘩の価値が虚しさを感じる。喧嘩を振って来られても簡単に凌げるのは当然であり、相手をなだめすかせる事が出来つつある。
・お酒を呑むが酩酊をかなり通り越してブラックアウトで通勤20kmのところ、誰にも言えない乗り越し記録100km近くの不名誉記録を樹立!恐らく、ここ数十年は誰も敗れないだろう!?
→今はあの乗り越しは何?と言うほど情けないのも考えなくなる。今では1駅を乗り越す程度。
・毎週、図書館に精神関係の本を借りに行った(借りまくった!)。恐らく、図書館の受付のオバチャンもジェッターを気色悪かったに違いなかったと私自身、回顧する。
→図書館には行くが精神本は借りない。万一、借りたとしても反面教師として面白く楽しむであろう!
・パソコンを弄るが、取扱が分からないとイライラばかりの寝不足で体調を崩しブレインロックを倍増させた!
→パソコンを弄るが単なる道具であり、遊ばれなくなった。アップル社のMACにも挑戦しPCライフを存分に楽しみたい!
・テニスをやるが所詮、ヘタを認めたくないばかりのスーパーショット狙いでパートーナーに反感を買いペア解散!
更に競ったゲームは強迫観念との勝負との置き換わり必ず自慢出来るほど負けていた!
→確実に上向いている。強迫観念は向上心でもない単なるノイズなので自動的なルーチンをやる事でテニスも充分、楽しめるようになった。次の試合が勝負の拘りは無いが待ち遠しい!
・レジャーに出かけるが、自分の過ぎ去った事ばかりが頭を占有し楽しいはずのレジャーが魂の抜け殻のグルグル状態であった!
→仕事よりもレジャーを選択する様になる。遊園地・旅行を存分に楽しみたい!自宅に居ても楽しく過ごせる。”時間を潰す事”を毛嫌いするようになる。
・○○療法信仰に関するhpの掲示板への会員登録の承認受ける為の応募するも、混乱した頭脳が書いたので日本語とみなされなかったのか会員に承認されず!(今では、不幸中の幸いである!)
→あの○○療法信仰の患い促進集団に入らずに良かったと胸を撫で下ろす!今、入会していたら人生を駄目にしていたかもしれない!
・とどの詰まり、悪いことばかりの記憶に留まり今現在を楽しめるのはお酒しかないと身勝手な都合の決心で酒に溺れる。
その後、反省ばかりの巡る巡る日々の飲酒で健康診断を受診!案の定、結果は悲惨で医者から”人格性の鬱とアル依存症”と言う人間失格みたいな患者紹介状を 書いて貰った。その紹介状を持って医者に通院したら入院勧告される!病院で治らないと悟っていたので自宅療養としたが、毎日薬を飲んで寝てばかりの生活で あった。少し気力が出たので過去通り過ぎた事のある無為療法hpを見た!それで薬も通院も止めた。その後、紹介状を書いて貰った医者と面談したが、”通院 止めました!”と報告したら呆れられ、それっきり面談なしであるが今現在、生まれ変わったように忘却の域であったクリアな頭脳と気分で過ごす充実した毎日 を送っています! 
→面談一切無し!見捨てた医者も今のジェッターを見れば、本当の医学を志す医者であれば自信を喪失し廃業するかもしれない!?

以上がジェッターが生まれ変わったような日々の生活を満喫し過ごしていますが昔のとり付かれたようなフラシュバックも序々に影を潜めています。患っていた 時は爽やかであろう朝の目覚めと体調の良い時のフラッシュバックは私の脳の動きを利用しながら活動しているかのように暴れだしていましたので闘かって全敗 のヨレヨレでした。今現在の私は脳のノイズと捉え、その時は何もせずに嵐を過去るのを待つ無為療法しかないのです。これを何度も繰り返しながら、無為療法 と言う心のギブスもとれるのを待っているのです。

無為療法 投稿者:  投稿日: 1月22日(土)13時59分31秒
 皆さんこんにちわ。

 最近の私は、フラッシュバックは時々あるのですが、脳のぐるぐる回りはほとんどなくなりました。また、神経症関連の情報収集はもちろんのこと、あらゆる療法も行わなくなりました。そんなことをしたら神経症は治らないと思うでしょう?

 ところが、不思議と脅迫観念や下から突き上げてくるような言葉ではうまく表現できない不安感は起こらないのです。

 つまり、「神経症を治そう」という決意をしたり、「どうすればいいんですか?」と相手に質問をしてしまったが最後、脳のスーパーコンピューターが正常な動きをしなくなってしまうようです。

 ○☆療法なんてつぶやいているうちは、神経症が治っていない証拠です。
 簡単に言えば、神経症を治すのには何もいらないのです。
 だから、斎藤先生が「何もしない」と言うのです。

無為療法のついて 投稿者:  投稿日: 1月19日(水)17時17分9秒
 神経症脳を持っている人が、神経症脳の外側に出ることが
どういうことなのかは経験した人でないといくら言葉や文字
で説明をしても分からないでしょう。

「質問をするな!」といってもすぐ「お聞きしたいことがあ
ります」と言ってしまう。
 それは、なぜか?
 自分で考えるというクセがないからでしょう。
 それと、人から良く思われたい気持ちが強い。
 嫌われたくないなどの理由かと思われます。

 私も散々、恐怖突入をしてきましたが、脳のぐるぐる回り
が止まりませんでした。
 しかし、無為療法の敵前逃亡をし始めてから脳が回復に向
かっているのがわかってきたのです。

 つまり、我々神経症脳を持っている人は、嫌な場面や自分
に向いていないものからは、我慢をするのではなく、いち早
くその場から逃げたり、行かないことが脳を回復に向かわせるようです。

 「質問してしまうあなた。」
 「神経症を治そうと言う目的で無為療法をしているあなた。」
 そのような考えでは治りません。

 「神経症なんて治らなくてもいいや!」という気持ちこれこそが神経症を治すのです。
 いくら人に聞いたって、あらゆる療法をしたって神経症は治りませんよ。
 答えは、自分の中にある。
 それでは、また。


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