神経症からの開放
有力投稿  

シドニーオリンピックが楽しい
 投稿者:はる  投稿日: 9月30日(土)01時06分09秒

斎藤さんにメールの返事を頂いたのが2月半ばでした。あれから半年以上経って、ようやく別世界に入った感じです。4月頃から禁煙し、酒もこの3ヶ月飲んでません。斎藤さんの言われる趣旨とは違うでしょうが、本当になにもしないを実行してきたつもりです。ここのチャットで、ジン(とメール交換等で呼び捨てにしてます)と知り合い、心掛けとして「妄想、連想しない」を教えてもらったのも大きかったです。空想に耽る時間がここに来て激減し、これまでどれだけ自分とのむなしい対話を続けていたかが分りました。

最近、オリンピックをテレビで観戦しています。テレビを見るより何か考えている方が長かった。柔道の田村亮子選手が2大会続けて銀メダルに終ったということを、今大会の金メダル獲得の直後に知りました。常に頭にもやがかかったような状態で、学生時代親友に「浮世離れしてる」と指摘されたこともあったのですが、今更ながら納得してます。ジンも半年かかったと言っていたのですが、私もここを知って、それぐらいです。彼の言う「時期」にさしかかったのかもしれないですね。これが本物なら、斎藤さんとジンには感謝してもしきれません。


焦ることもないけど。
 投稿者:ヨシ  投稿日: 9月29日(金)16時13分21秒

ひめさんへ
始めたばかりなので仕方ないと思うけど、まだまだ不安を相手にして、それを安心させる事ばかりをしている感じが伝わって来ます。

「何もしない」は知識を通しての療法ではありません。心の持ち方を指南するというものでもありません。自分の体験、または経験といった類を通して、自分で体得するしかないのです。

とにかく不安なまま、当面の生活をするということです。これは神経症の人にとっては、脂汗が出てくるぐらい辛いことです。しかし、ただ淡々と静かに、こういう生活を続けるのです。こういった生活にどれだけ耐えれば、どれだけ治るということでもありません。フラッシュバックも何度も経験しなければならないでしょう。しかし、こういった生活は終いには、我々に大変革をもたらすことになるのです。これは知識意志を越えた領域での大変革と言えるでしょう。

とっかかりは、「あの時もかなり苦しかったけど、けっこう仕事もやってたなあ」等の経験、不安で頭がいっぱいになりながらも、不安を安心させる行動意外の行動も出来るのだという体験です。はじめは非常に心細いが、経験を積むに従って、不安を不安のまま放って置く暮らし方がだんだん体得されてきます。身体でわかるということです。この向こうに神経症の真の治癒があるのです。

パソコンの前に座って首をひねったり、うなずいたりしていることではありません。出来るだけ早く、不安を不安のまま放って置く暮らしの方向へ向けて、第一歩を踏み出して下さい。(ちょっと厳しかったかな?)


難しいですよね。
 投稿者:ジン  投稿日: 9月29日(金)05時42分58秒

「何もしない」を理屈では分かっていながらどうしても実行出来ない人は多いのではないでしょうか。大切なのは「時期」と「環境」だと思います。時期:今までに「最近少し楽になったな」という時期はなかったでしょうか?その時が狙い目  です。何もしないは禁煙に似ていますから、ワケもなく心の乱れている時にはとても困難です。不可能と言っても良いかも知れません。私はこの療法を知って半年後にやっと   実行出来ました。理解と実行には時間の差がありました。

環境:変えられる範囲で変えましょう。休めるものなら休みましょう。逃げられるのなら逃げましょう。世間と自分とどちらが大切なのか。急がば回れです。

*斎藤さん、お元気ですか?私は元気です。フラッシュバックの周期がだんだん延びているのを 実感している今日この頃です。趣味が一つ増えたりして、まあ、ほのぼのとやっております。 私は暫くネット環境から離れる事にしたので、途中経過のご報告です。HPのさらなる発展を 願っています!

*ひめ、連想の話をしていたときはまだ理解不十分だったと思う。ただ、それが強迫観念の中に さらされなければ実行は意思の力であり、言葉から自由な世界だ。調子の良い時の結果論だと 思って欲しい。訓練と意思の力の差は強迫観念の有無だ。 
またいつか!!(^Q^)/゛

斎藤様。
> 本日、ZOLOFT受け取りました。> 10年近く鬱病だった私は誰も私の事知らないところに> 行きたいと思い、オーストラリアに行きましたが> 鬱の台風に襲われ病院に行きました。パニックを伴う鬱病といわれ> (バスが怖くて怖くて、通学できなくなりました)> ZOLOFTを処方され何年かぶりに私は元気だと思えるようになりました。
> 帰国し、社会復帰も果たしましたが、時々落ち込むことが最近多くなりまた> 抗不安剤を飲むようになりました。落ち込んでも何とか這い上がるし> 昔とは違うからいいんでしょうけど・・・・> なんだか不安なんです。何がって言われても???
>
> 多分ZOLOFTを飲むと、また元気になって、生きてるって素晴らしいと思うように> なるのでしょうけど今はまだ、通勤できますし、今のところZOLOFTはそばにおいて> 置くだけで安心できる状況です。


遅レスご容赦
。 投稿者:ヨシ  投稿日: 9月23日(土)18時43分49秒

>ばぶるさんへ

単なる人生相談的だけど、どうも気になるニュアンスも含んでいるような・・・。そいつは必ず、ひりひりする感覚と共に「至急」とか「重要」というハンコが押されて出現します。

頭には、どんな疑問疑惑が出現しても、危機意識が出現してもいいのです。妄想は浮かぶに任せ、消えるに任せるのが良いです。こういったところに書き込んで表現し、回答を求めることが、不毛であり、対処法として誤りです。妄想は妄想のままに、しばらく放っておくことが必要です。

浮かんで来るこういった意識のままに翻弄され、回答を求めて右往左往させられるのが、旧回路によっての生活です。これらの思考を浮かぶのに任せ、これについては何もせず日常を送るのが、今後養って行くべき新回路を駆使した生活なのです。「不安にとらわれていたけど、あの時も結構仕事もしてたなぁ」などという経験が蓄積されこの回路は徐々に力強さをさを増して行きます。

しかしながら、ちょっと下に書いたとおり、神経症に完全に牛耳られた生活から第一歩を踏み出すには、新旧回路が混交する一定期間、ある種、自分の気質に対する開き直りが必要なのかも知れないとも考えています。回復するにつれ、こういった防御は無用なことが自覚されて来ますけどね。


示板あんまりみない方がいいよ 投稿者:提言者  投稿日: 9月22日(金)11時25分37秒

って、タイトルをよんで誤解しないでほしいのですが、このHPを否定するものではありません。神経症って言葉もすっかり忘れていたのですが、この前思い出すきっかけがあって、このHPを思い出しました。神経症って本当に自分が神経症だったことを忘れるくらい治ると無縁なものになるのですね。

はっきりいわせてもらうと、ここの掲示板を毎日のようにチェックして(私もそうだった)やれ「神経症とは」とか、やれ「本当の治療法とは」って神経症を語ってたら本当の解放には至らない。別に神経症の定義を理解することが治ることではないのですから。もちろん救いを求めているときにこの掲示板で意見を求めるのはよいと思いますが、このHPの趣旨を理解したらすぐに訪問をストップすべきと思います。斉藤さんもたまにそうおっしゃってますよね。(でもどうしてそれを強く主張なさらないのか、よくわかりません)今思えば、あのころは本当に病気でした。ずっと同じことを考え続けて、外では怖くて下をむいて歩いてました。でもそんなことが自分にあったなんて、忘れていました。

ここのHPを毎日よんでいたころも、何度か「治った」って思ったことがありましたが、今の状態とはまったく違ったと思います。今の状態になったのは、自分は神経症なんかじゃないのかも、と思い始め(今思えば確かに病気でしたが)「神経症に関する一切のことを止めた」後です。これが斉藤さんのいう方法だったのだろう、と今は思います。
別に「自分は神経症なんかじゃない」と思う思わないは別として大事なのは「神経症に関する一切のことをやめた」ことだと思っています。私の場合そこに行き着いたいきさつは、もう、どうにもこうにもならなくなったときに加藤なんとかの本(ここでぼろくそに言われている)をよんだからです。はじめ、これもあれも、私にあてはまる、と涙ながらに読んでいたのですが、ふと、「でも、誰が読んでも私にあてはまると思うのではないか」と思い始め、そう思い始めると、「誰にでもあるつらいことを分析して、全て親のせいにして、信じられない!」と思い始めてしまったことです。神経症を分析して同じように人のせいにしようとしていた自分も実はこの人と同じだ、と思ったら何もかもバカバカしくなり、医者にも「もう、いろいろ努力するのも、バカバカしくなりました。私は病気じゃないので、もう薬もいりません」とか言ってそれ以来です。

その後、どのような状態が続いたかは思い出せませんが、今気づいたら、神経症とは無縁の状態になっていました。神経症の状態って本当につらく、泥沼のようだと思いますが、神経症は誰でもかかる風邪のようなものだと言われているようです。それもまた真実だと思います。皆様が一日も早く解放されるようにと、思っています。


ある方からの感謝Eメイル

こんばんは、斉藤さん。 おかげさまでだいぶ楽になってきました。 以前送ったメールといただいた返事をあらためて読み返してみました。 最初の二通は本当に脳のパニック状態で、 もう考えなくても無意味な言葉と考えがあふれていて暴走が止まらない感じでし た。 斉藤さんのこの状態ではどんなことをいっても意味がない、その言葉の意味なら良く分かります。

本当に以前ならもう必死の思いでメールを出していました。 が今は書くことが見つからないというかそれほどたいしたことではなかったのでは と思えます。 強迫観念のない別世界へ、 脳のパニック状態から脱け出せているのかなーと そう感じています。

これがとても僕には効きました。> 相手以上に貴方が無駄な努力をしているのです。相手は貴方の苦しみをまったく 理 解していません。

メールを送った次の日に一月ほど距離を置いた グルグル回りの友人と逢ったのですが、 原因は人間関係ではなくて、 脳の健康状態だったんだなと解った気がします。 相手に嫌われているなんて事もありませんでした。
無駄な努力まさしくそんな感じです。
> 我々は生物学的に神経症脳を持って生まれてきたと理解しないとならない。だか ら 私 だって注意を怠ると何時でも神経症に回帰します。ある種の努力は我々には欠か せ ない。 脳のパニックが治まってくれば強迫観念は自然と 消えて行くものですね。 本当に斉藤さんのHPを知って助かりました。 ありがとうございました。


私感「斉藤療法」 投稿者:ヨシ
 投稿日: 9月17日(日)10時01分03秒

糖尿病を悪化させないためには、食事を制限する、あるいはインシュリンを注射するという具体的な行為が存在します。しかし斉藤療法は「何もしない」がその全てです。しかし、どうも自分で「何もしない」と名付けた何かをやってしまっている感じの人もいらっしゃるような気も・・・。

文字にすると屁理屈と言うか、言葉遊びみたいで嫌なのですが、斉藤療法とは「斉藤療法すらしない」ということなのです。しかし斉藤療法という神経症治療に対する考え方は依然存在する。この事にピンと来た人は斉藤療法が上手く行っている人です。神経症の治療とは、「斉藤」のこの考え方を取った上で、時間というギプスをかけ、骨がくっつくまで生活するということです。自分で「何もしない」と名付けた何かをやってしまっている人は、こ
のギプスを1分おきに外して中を覗き、動かしてしまっている人でもあります。



斉藤さんへ
創始者の意に反する場合は削除して下さい(^^;;


>ヨシさんも言っているように10年間もかかってようやく安定します。M氏しか知りませんでしたからねぇ。
斉藤療法はもっと効率がいいんじゃないかと思って期待してるんです。脳生理学による解説も、本人がそれだけに囚われてしまって愕然としてしまわない程度なら、○○療法の性善説的解説よりしっくり来ると思います。(当然「斉藤」の解説が事実だろうし、○○療法の神経症を病んでいる人間が全員「白袴」を履かされるような「向上心」「生存欲」による解説より、よっぽどエレガントです。治ってみると○○療法の解説はどうも事実とは違うことがわかります。○○療法は杖としては機能したけれど。)

度々の書き込みすみません。 投稿者:ヨシ  投稿日: 9月14日(木)11時22分47秒

再び「睡眠」話で恐縮ですが・・・皆さんは居眠りをした経験がありますか,神経症になってからとんと経験がないなんて言う人もいるかも知れませんが、きっと何度かは経験があると思います。どんな時居眠りが出るか。緊張が緩んだとき「不覚にも」眠ってしまう、という事でしょう。緊張が一定レベルで高いときは起きにくいはずです。(特別の病気の人はどうかわかりませんが・・・)神経症も「不覚にも」治るのです。あるいはフラッシュバックが来たとしても最初は数週間かかっていたものが、この「不覚」が起きやすくなって、数時間の内にバランスを回復し平常に戻るようになる。僕が下で書いたような生活をすると、不安と同居できるようになります。そしてついには、不安は居ても居なくてもどうでもいい「同居人」みたいになってくる。こうなると、自然に日常の症状に対しての緊張レベルが下がって「不覚にも」本来のバランスを回復し症状が無くなるのです。

犬は雷に怯えてパニックになっても、翌日にはケロッと元気です。「なんでオレはこんなに雷が恐いのか」とか「今晩も雷が鳴ったらどうしよう」とか、「今度雷が鳴ったらこういう心構えで居よう」などと考えて、自ら緊張を強いる事がないから翌日元気なわけです。このように恐慌な不安も、本来の働きに任せておけば、極めて短時間
の内に減衰するものなのです。


私へのEメイル
8月のオフ会に参加していた者です。覚えていらっしゃるでしょうか?症状は主に抑うつです。

あれから1ヶ月の間にどんどんよくなり、ここ、2週間は症状を全然思い出しもしません。

本当にありがとうございました。かなり、前からこの、ホームページのことは知っていたのですが、本腰をいれてとりくんだのは、ここ2ヶ月です。

脳の悪循環の回路の暴走は遮断することができるんだと、身をもって経験しました。今は、新しいまともな回路を少しずつ太くしているところでしょうか。先が見えてきた感じです。

あとは、フラッシュバックを何度かのりこえるんでしょうね。がんばります。ありがとうございました。


ちょっと補足を 投稿者:ヨシ  投稿日: 9月13日(水)17時42分56秒

下の書き込みは何も「集中」や「睡眠」の問題に留まりません。神経症を対象化し対峙して、対策を練っている限り、それはとりもなおさず神経症そのものである、ということを認識しなければなりません。だからsさんの方法は当面上手く行っているように思えても、いずれ破綻します。これはきっと時間が証明するでしょう。なぜなら、このやりかた自体が神経症以外の何者でもないからです。出来るだけ時間の無駄はして欲しくない。

下に書いた生活を、もう一度詳しく書くと、症状があっても当面の事はやる。その際何を考えていても良い。こんな事をやっていてもどうにもならないとか、他にいい方法があるはずだとか、昨日より今日はよっぽどキツイとか・・・何を考えていても良いのです。当面の事とは文字通り当面のことであって、何も道徳だとか、勤勉だとか、プラス思考の行動だとか考える必要はない。

要は一定期間、これらの「何とかせにゃ」の頭からの悲鳴に耳を貸さず、ひたすら同居するのです。これこそが何もしないと言うことです。頭からの悲鳴にいちいち取り合わないことです。こういう生活を続けていると、頭からの「助けて」が聞こえていようがいまいが、一定のレベルのいわゆる「普通の生活」が出来ることが体験的に解ってきます。焦る必要はない。必ず少しづつでも解ってきます。

犬を飼っています。彼を観察していると解るのですが雷が相当恐いらしい。雷が鳴り出すと、よだれは流す、終いには失禁するで、全く始末に負えません。神経症の初期に読んだ本で、神経症とは哺乳類の脳を煩う病気だと言うような事が書いてありました。この辺は斉藤さんの説明に一歩譲りますが、神経症の症状というのは大脳皮質、つまり人間であるが故に講じてしまう、「工夫」とか「努力」とかの意志の領域での対策は全く無効な世界での出来事なのです。これはだんだん解ってきますが。


意志を離れる 投稿者:ヨシ  投稿日: 9月13日(水)10時50分10秒

キザさんへ
フォローありがとうございます。ただ僕は耐えるという表現と、努力という表現は極力使いたくないしやってこなかったことです。しょうがないから症状としばらく同居して、症状のまんま日常をよたよたやっていくということです。治るまではこれでいくしかない。ここを通過するしかないということです。我慢とも違う。言ってみれば症状に対しては為すすべもなく、ただ仕事なり日常なりに自分を浮かばせておくというか、そんな感じで良いと思うんです。

集中する、受け入れるということについて。
まず言いたいのは、自ら集中を意識して集中した状態には絶対になれないということ。睡眠もそうです。眠りに落ちる自分を観察し続けている限り、絶対に眠りはやってこない。せいぜい金縛りにあったり、体表の感覚が無くなっていくのを自覚したり、入眠の際の幻覚を意識したりと絶対に眠ることが出来ない。集中も睡眠も自分の意志ではコントロール出来ないことなのです。集中も睡眠も「集中しようとする意志」や「眠ろうとする意志」を離れた時、向こうから自動的にやって来るものなのです。同様に西洋人が書いた療法書やもろもろのこの手の「お手軽本」にやたら出てくるのが「受け入れろ」という表現です。これも受け入れるというもっともやっかいな心の状態への方法として「受け入れろ」で終わってしまっている。「集中しろ」には同様な胡散臭さを感じてしまう。どうすれば「受け入れよう」という意志を離れて受け入れることが出来て、どうすれば「集中しよう」という意志を離れて集中した心の状態になれるのか、それこそが問題で、ここでやっていることだと思うのです


(無題) 投稿者:新参  投稿日: 9月 8日(金)13時08分53秒

斎藤さんはよくあなたにはこの療法はあわないみたいなことをよくいいますが、そんなことはないと思います、神経症的な病気全てに無為療法は適用できると私は考えます。迷っているかたいたらとりあえず無為療法やってみたらどうですか。私もパニック障害もちでしたが無為療法で完治といっていいくらい治ってます。まぁ、またいつフラッシュバックが起きるか分からないけど。とりあえず私の言いたいことは、領域だとかあわないとかもう無しにしてとりあえず無為療法を試してみたら、ということです。

神経症から解放されて 投稿者:石原  投稿日: 9月10日(日)02時08分03秒

 神経症を治すホームページを開設された斎藤さんには敬意を表すと同時にこのHPがどういう意味を持っているのか、皆さんと考えて行きたいと思います。
 何故このように神経症で苦しむ人が沢山いるのか。私が考えるにクルト氏が言うハード理論、斎藤さんが言うソフト理論が何故存在するのか。はっきり言って21世紀に向けてあまりにも生きにくい世の中になっている社会体制に陥ってしまったところに起因しているとしか思えません。コンピュータが正常に作動するにはハード、ソフト双方が正常に作動する必要があります。

 神経症は現在の社会体制の中で生活に苦しむ中から生まれているのではないかと最近思うのです。厚生年金に至っても現在の60才から65才に延長改悪が行われ、今の若い人たちにとってはあまりにも酷な国の政策で将来に何の夢も展望もない時代に陥ってしまいました。 私が現役時代に知った97年の時点で今後の財界の政策「1/3は正社員、1/3はいつでもやめてもらって良い社員、残りの1/3はパートでいつでも首切りが出来る」が残念ながら現実化してしまった。全く国民不在の政治で神経症に陥る人が増えるのも当然だと思います。

 どんな大学を卒業しても実力主義。実力主義と言ってもこれまでのようにただ「会社一辺倒に馬鹿げた忠誠をつくす」だけでは自分の家庭も生活も守れない。本当に不幸な社会が現実化してしまった。 私の入社時代は昭和38年でしたが、大卒不足でどこの企業も大卒獲得のために必死で、大学3年、4年は大もて、3年時代から夏休みに呼ばれて「夜はビール、宴会、中には女も当てがったという時代」で何としても大卒獲得に必死になった時代でした。

 ところがいまはどうでしょうか。「大学卒業しても就職先がない」こんな現実、親から何百万円、いや何千万円の支援を受けて大学卒業しても就職難で何の展望もない現実。このような状況の下で「神経症を治すHP」が存在価値を得る状況になるのも当然です。 現在神経症に陥っている皆さんはこのような劣悪な就職状態、将来への不安が大きく影響していると思えるのです。 私が先日投稿した「薬はのんでいるが、いつのまにか治った」はよく考えてみれば、私の時代まで保証された「恵まれた時代に生きたという考えが自分を甘えさせ、現実との差が神経症を生み出したと思うのです。

 話が横にそれて申し訳ありませんが、神経症は「自分の希望が満たされない」ことに原因があると思うのです。将来の自分の生活に不安がなければ、神経症なんて起こりはしない。その原因は今の国の政治に根幹があると思うのです。 斎藤さんが言う「奇跡的な書痙からの脱出」はこれら社会的矛盾を国民的立場にたってこれを実現すべく、約3万人の居住地域で、その先頭にたって闘って、勝利を得た。ここに私が神経症から克服できた大きな経緯があると思うのです。 総選挙時、選挙司令官として神経症など全然気にもしなかったし、また神経症を意識にもしなかった。そしてその結果として、死にたいほど苦しんだ書痙が完全に吹っ飛んでしまった。

 斎藤さんが治った経緯は知りませんが、私と同じような経過がなかったか。もし、神経症を治す方法として「自分の神経症の事をすべて忘れ、ある事に集中する」がどうやら無為療法の神髄ではないか。私の経験として「何もするな」がこれまでの経緯から、はっきり見えてきました。 斎藤さんから手記を依頼されましたが、これが書痙からの脱出できた経験として皆さんに報告する「手記」です。 また、時々私が書痙から脱出できた経緯をあらゆる面から報告します。皆さんのご意見もよろしくお願いします。
                           では、また。


くすりは服用していますが、いつの間にかなおった 投稿者:石原  投稿日: 9月 7日(木)03時06分48秒

 みなさん、久しぶりです。昨年時々出没した旧HNアイエスが今後石原HNで時々このページを見に来たり、投稿したいと思っています。 あれだけ悩んでいた書痙もほぼ消滅しました。斎藤さんがいう「何もしない」療法が正しかったのではないかと思います。

 と言いますのは、私大阪知事選挙と6月の総選挙で地域の選挙責任者でがんばって行く中で、神経症のことを考える暇もなかったし、また、このこと忘れていました。そして選挙が終わった段階でいつの間にやら書痙がほぼ消滅したのです。 しかし、現在も病院にいって緊張止めの薬をもらい、服用していますが主治医も「そろそろ薬の服用をやめたらどうですか」と言ってくれます。 従って、神経症を治すのは「何も考えない」「このHPをのぞきにこない」程自分を忙しくする事です。そうすればおのずとこのHPを見に来る暇なんてなくなるでしょう。仕事や他の活動に没頭して神経症のことを忘れましょう。ここに書き込んでいる人は相当暇人であるらしい。自慰的な書き込みは出来るだけやめ
ましょう。
 そうすれば、きっと皆さんも神経症から解放されるでしょう。



 Aさんの手記

私は、思い返せば、幼い頃から神経症持ちでした。ほんのちょっとしたことでも、ものすごく大きな不安に感じていました。こちらのホームページに来るまでは、単に幼い頃から家庭環境が緊張を強いられるものだったため、そのせいで悲観的な思考が身に付いてしまったのだと勝手に思っていました。


しかし最近、ついにそんな自分に疑問を持ち始めました。仕事で、ちょっとミスっただけでも、自分は生まれながらにして普通の人より能力が劣っているのではないか?と考え出したり、そうやって、日ごとにどんどん卑屈になっていく自分を見ている同僚が、私のことを「おかしいんじゃないか?」と思っているような気がしてきて、毎日ものすごい不安に襲われていました。その後、職場以外でも不安の種になるような事が続けて起こり、とうとう仕事は辞めました。


それからは、病院に行ったほうがいいのだろうかとか、専門家のカウンセリングを受けた方がいいのだろうかなどと考えるようになり、なかなかこれらを簡単に行動に移すことは出来なかったので、とりあえず、ネットで情報集めをしてました。


そしてある日、登録したばかりの、精神系のメーリングリストに「無為療法」の事が紹介してあり、URLが貼ってあったので、クリックしたのです。これが私の「無為療法」との運命的な出会いでした。


それからというもの、あまりの早い回復に驚いています。でも私はただ「神経症を治す方法」や「本療法の概略」のアクションを、を、とにかく何も考えずに実践しただけなのです。(もともとの性格が不精な私にはピッタリでした)とくに、「落ち込んだ日は早めに寝付くこと。」は、効きました。私は夜寝る前に、ああすればよかったこうすればよかったと反省をし始めては落ち込むという習慣があったのですが、とにかく何も考えず眠るようにしたらすぐに効果が現れました。


"鬱が消えると大幅に生活がしやすくなるのだがその兆候は本療法を実施したその翌日からでも現れる。"


と、このように↑ありますが、まったくそのとおりでした。何も考えずに眠った翌日から変わりました。私の今までの人生は、180度変わりました。


しかし、180度変わってから初めての「ムードスィング(気分の激しい上下動)」は結構早くやって来ました。メールフレンドに直接会った後、その人から急にメールが来なくなったという実に些細な事なのですが、その人のことをとても気に入っていたばかりに、とてもショックを受けてしまったのです。それでもめげずに余計な事を考えず、日々を送っていたらやるべき事が手に付かないといったような事はありませんでした。家事も気付くとやってました。本当に不思議です。以前なら、「何か失礼な事でもしたのだろうか?」などと、延々考え込んでいたはずです。
(関係ないのですが、その後その人からはメールが来ました。単に私の取り越し苦労でした。)何故、すぐに悲観的な思考に陥り、心配になってしまうのか?それが神経症の症状なのでしょう。


身をもって、ムードスィングは、人生が180度変わった後でも、度々やって来るものだということを知りました。
その度に神経症思考を直ちに止めれば、普通に何の支障も無い生活を送る事が出来るので、完全に意識しないレベルまでいくのに長い年月がかかろうと、もうどちらでも良くなってしまいました。


私の場合は、運が良かったのか、タイミングが良かったのか、無為療法にたどり着くまでに、医者に行ったり、薬を飲んだり、○○療法をやったりをしなかったため、あまり理屈をこねることなく、自然に受け入れる事が出来たのだという事と、無為療法に最も適している、典型的な神経症だったからでしょう。


あと、すっかり忘れていたことなのですが、"私の対象とする神経症では加藤諦三を読むのは百害あって一利無しと見てますので即時読書を中止することを勧めます。"

と、ありますが、二十歳くらいの頃に1冊読んだ事がありました。読んだ直後、一時的に気分が高揚しましたが、
本当にほんの一時的なものでした。2冊目をと、書店でパラパラとめくってみても、全く前回読んだものと同じような事が書いてあり、あまり意味が無さそうだと思ったので、それ以後、加藤諦三を読む事は二度と有りませんでした。私も加藤諦三は読むだけ無駄な気がします。

 Bさんの手記

私は中・高校生になって自分の異常な不安・鬱に苦しむようになりました。脳がおかしいと、大病院に行って脳波を調べてもらったり呼吸を見てもらったり採血したり薬をもらっていました。また精神科や神経症内科の先生とカウンセリングをしていました。今現在これらのような事をしている方々がいるのであれば、全く無意味であるどころかますます神経症のドツボにはまります。「何もしない」は麻薬を絶つのと同じようなものでとても苦しいけれど、この苦しさを通過しなければ治りません。でも大丈夫です。

私は今年の2月に無為療法を発見し、現在はもうあまり苦しくありません。無為療法を知る前は過食症のようになってしまい食べる事をとめられなかったのですが、今ではダイエットができるようになり7kg減りました。また体のあらゆるところに痛みを感じていて整骨院や眼科、歯医者に必死でグルグルと通っていましたが、「何もしない」をしたとたん、歯が痛くなくなったんです。もともと虫歯なんてなかったのにあの頃は頭がおかしかったんですね、気持ちから痛みを感じていたんです。そして今ではどこの病院にも通わずにすんでいます。私は無為療法以外は何も信じられません。今この療法が上手くいかない方がいらっしゃるかもしれませんが、その方々も治す方法はこれしかないんです。わりと落ち着いている時にやってみるとか、時期を見計らうしかないと思います。

 Bさんの2回目の投稿

無為療法を発見して5ヶ月が経とうとしています。自分の性格が変わったように思えます。神経症の時は毎日が鍛練鍛練で勉強や習い事、家事などハタから見たらしっかり者だったと思います。でも内面は苦しくて苦しくて何でか分からず何をしても満足感がなく閉鎖感・違和感・連続感だけでした。今は毎日ダラダラ好きな事をして過ごしています。寝たいだけ寝てTVを見て気が向けば買物に行って・・・それはハタから見るといい加減とか勝手に思えるようです。でも内面が全く違います。私はこの生活で満足です。満足に決まっています。なぜなら昔は寝る事も出来ず食べる事も止まらず家族と話す事も苦痛で仕方なかったのが今は、気持ち良く寝られ美味しく食べられ色んな人と話せるようになったのですから。でも最近欲が出てきて将来の事を考えている所です。わりと年齢の早いうちに無為療法を発見できた事は大きいと思います。5ヶ月で前とは大きな違いがあります。
当り前な日常生活がやっと出来るようになりました。

私が無為療法を始めて最初に変わった事は、「一発逆転」の思考が消えた事です。完璧主義で、100%しか許せなかったのが「少しずつ良くなる」という考え方がスムーズに出来たのです。「何もしない」を実行したからです。
これをしなければ何も変わってませんでした。まず難しいと思いますが無為療法を実行する事です。


 Cさんの手記

私が神経症を克服した理由は、そうでありたい、また、そうしなければならない、そのような内面的なせっぱつまった思いがあって、それが強くなったときからです。

若いころは無自覚でした。若いころはなぜ、どうして、こんなに苦しいのか、ただ自問自答(これすらもない、)の繰り返しで答えを探すことにさまよっていました。当然、大学も心理系を選びました。(なんの役にも立ちませんでした。)加藤も一生懸命読みました。それでも自分がどうしてこのように苦しいのか、どうして自分だけがこのように辛いのか、繰り返す高い思考の波に翻弄されていたのです。

そうしてここにつながったのです。私は最初はアダルトチルドレン系のホームページで活動をしているのですが、どうも違う。傷つく、癒し、親との関係、そのような親しみやすい、(一見)言葉に誘われて、同じようなくるしみを抱えているひととの出会いを単純に喜びました。しかし、それはよかったのですが、それだけで、ちっとも私は良くならなかったのです。

そうして、ここにめぐり合いました。治そうという気持ちがあれば、治るものだと思います。また、そうゆう気持ちに突き動かされでもしない限り、永遠に私は袋小路にいたと思います。今、不思議ですが、仕事をしたい、単純にそう思います。単純に仕事がしたいのです。昔は職場へいくのがあれほどいやでいやでしょうがなかったのに。家を出るまでがあれほどたいへんだったのに。仕事がしたい、仕事を楽しみたい、単純に今はそう思います。

神経症過程は治す筋道に入るまでが大変でした。最初のとかかりが最初はうまく捕まえることができませんでした。最初が大事だと思います。後は何度も高い思考のうねりに翻弄されましたが、いつのまにか、脱出しました。神経症は主に思考の重度の障害であると私は認識します。何もしないにより思考障害を妨害するのです。何もしないにより、重度の思考障害を断ち切るのです。私は思考障害を断ち切りました。よかったと思ってます。斎藤さんの言われる単純で自由な日常を手にすることができましたから。

2回目のCさんの手記
神経症がでている場合、自分のことを客観的に診ているつもりでもそうはならないのではないか。妄想の世界に自分がはまり込んでいるという意識すらないし(自分は正しいと思い込んでしまうから)、その思考そのものを客観的に識別ができると過った解釈をしているのではないか。ここを抜け出すにはやはり、何もしないがいいと思う。

自分が正しいか、正しくないか、それはともかくとし、(おいといて)、(だって考えたってわからないでしょう、わかる、という判断は早計と思うし、)ゆるゆると自分のなすべき日常を事務的にこなす、というのがいいと思う。事務的にこなす、がみそで、焦ってはいけないし、(つまりよけいな判断や感情を切り離す、よけいな邪推をしない、)これを続けていくことで、なぜか(理由はわからないが、)

正常(これも失礼な言い方!)な思考が蘇ってくるのではないだろうか、正しいと思われる自分本来の思考が蘇ってくるのではないかと思われるのだ。敗者復活である。神経症がなおるとは自分の人生をもう一度同じにくり返すこと、再現すること。自分の人生はひとつ、ふたつもみっつもあるわけではない。

過った解釈から抜け出るとひとは自分の人生を完全に自由にすることができる、自分のものにすることができる。

3回目のCさんの手記
ここは本当に神経症を治すのに最適の場所だと思います。私はずいぶんここに助けられました。まだまだ完全治癒というのはありませんが、なんとか自立のめどが立ちました。・・・。

神経症の治癒とは自立への旅立ちでもあります。つまり、自分ではなんとかできないものからなんとかできるまでの旅立ちなのだと思います。・・。神経症とは脳の異常な活動からくる妄想癖のひどくなったものと私は理解しています。(そうでないとお思いの方もいらっしゃるかと思いますが、。)

思考過程の問題かと思いましたが、そうではなく、脳の異常な活発運動からくる障害なのだと思います。思考過程そのものに問題があるわけではないのですね、。思考そのものは健全な脳に戻れば自然と治ってくると思います。まずは脳の異常な活動を元に戻すことが先決なのだと思います。脳はそれ自体が己の勝手で動くように思われがちですが、十分に自分のコントロール化におくことが可能なのだと思います。治りというのはある日、突然くる気がします。それまで脳は十分な下準備をするのだと思います。・・。現在の私はほぼ完全に自由です、。日常、怒ることもできますし、怒らないでやりすごすことも可能になりました。自分の感情がこのように自分の完全な支配下におくことが可能であることがまるで神経症当時とは比較できないほど自由な感じです。

人間、変われば変わるもんですね、。日頃の自分の悩みなんて別にどうでもいいことだったのだとやっと分かりました。
どうもありがとうございました。


 Dさんの手記

今思い起こせば、高校の時、家庭の事情で転校してからですね。最初は対人間における極度の緊張と不安、なじめなさに苦悶し、人と会話もできなかったので他人から嘲笑されるようになり、そのことに対する怒りが鬱屈
して自分への怒りへと変わっていました。それから高校1,2年で極度の緊張に耐えきれず保健室通い。授業中にはパニック発作に襲われて冷や汗をかいていました。そのうち強迫観念がひどくなり、掃除、ひきだしの開け閉めなど、確認癖が甚だしくなり、強迫的思考(哲学や心理学本を徹底的に読んで自己分析)の渦に巻きこまれていきました。強迫観念が一番激しかった時、いつも試験の成績が一番でなければならない、という考えに支配されていましたから、テストの成績だけは一番でしたが、高成績なんて勉強すれば誰でもとれるし、それが自分の本当の価値とは関係ないと思っていたので、充実感はありませんでした。そのころ離人症的な症状も経験しました。自分をまるで無機質な機械のように眺めている感覚が常にあり、表情はぎこちなく、周囲は写真を見ているように実感が伴わず、物事を新鮮に感じ取ることが出来ませんでした。

強迫観念に支配される人にはやたら仕事熱心なひとや完璧主義者が多いんですが、その正確さ、厳密さがいかされるような職業(法職、役職、etc,)ならうまく能力をいかせるのかもしれません。私の場合、受験みたいに正しい答えが出せる世界なら病気を最大限に利用することができたわけです。しかし、対人間の緊張や強迫観念の答えを心理分析に求めたのは最大の誤りでした。完全無欠な解答を求めてから、神経症内での無意味な対話が始まったのです。

それから、内観(これは過去を調べる作業ですが、一番神経症によくない)、座禅、食事療法、瞑想、ヒーリング、旅行、マラソン、すべて自分で試してみましたが、一時的な気慰みでしかありませんでした。ここで犯している過ちは治そうと努力をしていることなのです。神経症状態でどこへいこうが、何をやろうが同じだと解ったとき、何もしないで自然治癒を待つという結論に至ったのでした。これらの治すための努力をしなければ、何もしないという真理にはたどりつけなかったので、無駄にはなりませんでした。現在24才です。

 Dさんの神経症新理論の紹介
ブレインロックとは脳の各機能がうまく働かなくなって固まっている状態です。神経症の治療とは特にこの脳の前頭下部(眼窩皮質)の過活動を鎮めていくことです。神経症内の問題を解決しようとして考えたり、行動したりするのをやめる事を続けていると、次第に関心の焦点を別のことに移すことが出来るようになり思考は停滞しなくなります。(尾上核のギアチェンジが正常に働くようになる)

要は治すということを意識しすぎず、神経症脳が発する指令を無視して、日常生活における軽いこと(雑用)を淡々と(ここが肝心)こなしていくだけです。あとは時間と忍耐の問題です。神経症脳が沈静化していく過程は人それぞれなので、ゆっくり焦らずやることが秘訣です。

神経症内の問題を解決しようとしている限り、脳の過活動はますます激しくなるだけです。

ある一説から引用しますが、脳の前部は高度な情報処理と問題解決をつかさどり、脳の前頭下部(眼窩皮質)に信号が送られます。

眼窩皮質とは正しい反応と間違った反応を認識する過誤検知システムです。眼窩皮質の細胞はまちがった反応に対して長く強く熱くなります。強迫神経症(強迫観念や強迫行為につきまとわれている人)患者の場合、
この眼窩皮質における基底核(尾上核はこの一部)のフィルター作用の故障のため眼窩皮質の過誤検知システムスイッチが間違って作動したままになり、何かがまずい、という考えや感情に執拗につきまとわれるそうです。
(この時、眼窩皮質の代謝作用は激しくなっているので、スキャンで見ると、神経症者と健常者とでは神経症者のほうが明らかに脳のエネルギー消費量が多いことがわかる)

眼窩皮質は尾上核(思考をつかさどるオートマティック・トランスミッション)によって調整されているため、尾上核の調整機能が正常にはたらかないと、過誤検知システムが過剰反応を起こし「何かがまずい」という激しい思いに攻め立てられ、その思いを振り払うために強迫行為を繰り返したり、治そうと努力し始めるらしいです。

悪いことにこの執拗な思いは振り払おうと努力したり、反復行為をすることによりますます強くなり悪循環に陥り、この眼窩皮質と尾上核と密接につながっている帯状回が、この不安や恐怖を増幅させる役割をしているらしいです。

この脳の各機能のブレインロックをはずすことで、脳に新しい回路が出来上がり、線条帯「尾上核(思考のオートマティック・トランスミッション)と被殻(行動のオートマティック・トランスミッション)から成っている」が正常に働き回路を適切に作動させるようになるそうです。


 Eさんの手記

HPリニューアルしたんですね。最近はこのHPのおかげで充実した日々を送っています。もちろん、強迫観念とはきってもきれない仲のままですが。

このHPに出会ってすぐのころは、とにかく強迫観念に対して何もしないように、何か別の、自分が興味を持てることをするようにしていました。この掲示板を読むこともそのひとつでした。

そのうちに自分の好きなこと以外でも何か作業をしているときは神経症のことを忘れる様になってきました。そうなると斎藤さんのいう黙々と日常の作業を行うことが出来るようになってきました。強迫観念のせいで生活が損なわれることがなくなってきたのです。さらに、そうなると、何かどんどんやりたくなってくるので鬱がなくなってきました。

最近自分の神経症がよくなっていると自覚したことがあります。(自覚するとその次の日とかは症状がでたりするのであんまし自覚したくないんですが。)それは、朝から晩まで働き通しの母を見て、大丈夫かな、ちょっと休んだほうがいいんじゃないかな、と思ったことです。恥ずかしい話ですが、神経症になってここ数ヶ月、人のことを思いやるなんてことがなかったような気がします。いかに自分のことばかりに夢中になっていたかがわかりました。神経症が治ってくると人の事なんか気にならなくなる、と書いてありましたが、それは「人が自分のことをどう考えているか」が気にならなくなるのであって、「人が何を思っているか」は気になってきますね。友人の悩みなんかも真剣に心配するようになって、もとの自分に戻ってる気がします。

でも、強迫観念は相変わらずです。特に朝、目的地に着くまではもう「ぶんぶん」唸って頭を駆け巡ります。仕方ないのでひたすら歩いてますが、本当にそのときは辛いしうざい。でも、目的地について「おはよう」と誰かに挨拶した瞬間から神経症と関係ない生活が始まるようになりました。


 FさんからのEメイル
10日ほど前、「怒りが止まらないのですが」という質問のメールを送った者です。

今までは怒りが出たらどうしようという恐怖で、浪人生なのに勉強道具に触れるのも怖がっていましたが、
「何もしない」で「怒り」自体も軽くなり、余計なことを考えず、とりあえず図書館にだけは足を運んでいます。

今でも勉強中、頻繁に怒りはやってきて泣きたいくらいの時もありますが、「何もしない」でやり過ごし、気付いたら1週間で薄いテキスト2冊が終わっていました。

それでも一々「今日は怒りが多かった、少なかった」と気にしていましたが、くだらないので今日でもう止めます。
怒りが出ても、対人恐怖が出ても、もう気にしません。症状中心の生活をしていた私を、生活中心の生活に戻して下さったこと、言葉で言い尽くせないほど感謝しています。どうしても一言お礼が言いたかったのでメールを書きました。

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