神経症とは木を見て森を見ずの状態
健康な人は、あそこの木を見なさいと言うと、森という背景の中にある一本の木を発見するのに対して、神経症者では、その木だけを見るか、葉っぱだけに注目する場合が多い。原因は、見ようとの強迫観念が働く為に、精神的視野が狭まり、実際の視界も狭まってしまう。真にそのものを見るには、見ようとする努力から離れる必要があり、この状態を作るのが無為療法です。
見ようと努力をしていると次のような障害が発生する
- 不眠症
寝る瞬間に寝ようの意志が発生し就眠を妨害する。
- 対人恐怖
会話に入る瞬間に入ろうの意志が動き、自然な会話が成り立たない。
笑う時に笑顔を意識的に作ろうとして歪んだ笑顔になる。
グループの談笑に参加する時に意識的準備運動をする為に、自然な形での参加が出来ない。
- 勉強恐怖
勉強に取り掛かる時、勉強の障害を除去しようとする。そのために、自然な勉強開始が出来ない。あるいは集中しようとする為に、真の集中が出来ない。
- 疾病恐怖
病気の恐ろしさを除去しようとして、病気不安が爆発する。
- 離人症
自分が自分で無い不確かな感覚を除去しよとして、意識的努力を開始する為に、本来の感覚を失い離人症的不安が発生する。
神経症を治すには
見る意識から自然に離れている状態を回復するわけですが、これを意識では作れない。何故ならその意識が問題を起こしている原因だからです。そこで無為療法では動きを通して自然の見る状態を作りだす。動きとは次に示すものです。
- 生活に伴う動作が最も効果的
例えば、部屋の中の整理、掃除、洗濯、買い物、物の修理、その他の基本的日常動作。
- ただやる動きの再訓練
神経症を治す為に動く人が多く失敗します。神経症を治すにはただ動く事が肝要。動く理由は「無」であり目的は雑用以外にあってはならない。
- 仕事や家庭の責任、受験や進路の重要さを話をしてはならない
貴方は今、脳の不調と言う重大な問題を抱えています。これを治してこそ人生設計が出来る。
- 一切の療法と薬を遮断する
薬を遮断する勇気が無いと神経症の解決は難しいであろう。又無為療法を新たなる療法と捉えると失敗する。無為療法には解答がない。
- 日常の雑用が出来ないと、どんな仕事も勉学も難しい
雑用がつまらないと一見考えそうですが、雑用をするは生活の基本であり、脳が正常に作動する証しです。これが出来ないようで、如何して仕事や勉強が出来るであろうか。
- 動きにリズムと速度が出てきたら無為療法は成功
動きにリズムと速度が出てきたら、幾らでも斎藤に成果を報告して良い。ここ迄来ると神経症談義、他の療法の検索、その他何をしても神経症治癒は揺がない。
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