無為療法の概略


目次
適用神経症の範囲 対人恐怖症、赤面恐怖症、視線恐怖症、疾病恐怖症、異性恐怖症、雑念恐怖症、単純不安神経症、パニック障害、摂食障害等
原因別適用範囲 本療法では神経症の原因が体質的なものに限定します。家庭環境、過去の精神的虐待、激しい心的障害例えば戦争神経症とかレープなど心理的原因で発症していると考えられる神経症を除外します。
治療の方法 体質的に起きた脳内の誤った神経回路を遮断、閉鎖して新しい神経回路を創生する。
神経症の診断 自分で判断する。 本療法の適用神経症者は私のホームページを読むと直ぐピンと来るものがあります。ただちに今自分が悩んでいるのが神経症だとわかります。しかし世の中には 神経症の症状を呈していてもニュアンスの違う心のトラブルがある。この人達は私の主張する事があまり理解出来ないし掲示板に書き込むと時も意味内容が明ら かに我々とは違う書き方をします。この場合はその人は本療法の対象とする神経症ではない。
アクション
  1. 医者に行かない
  2. 薬を飲まない(ただし薬を長く飲んでいる人は漸減して止める事。急に止めると危険です
  3. 神経症関連の情報を集めない
  4. 一切の療法を放棄して今後それを捜し求めない
  5. 自他ともに質問をしない
  6. 解答を求めない。心構えを聞かない。
  7. 症状が発生した時にどうするかと救いを求めない。
  8. 症状が発生してもその場面が変化したらもうさっきの事を問わない。その次ぎの対策も練らない。
  9. 苦しかった日は出きるだけ早く家に帰り早めに寝る。下手な考え休みに似たりを身を持って実行する。
  10. 翌朝は一切の不安に対する準備をせずそのまま丸腰で会社に出勤する。
  11. 雑用を「無」の状態で行う。「無」とは神経症を治す目的が存在せず、ただ単にやるからやる、するからするの境地を意味します。
神経症解放の分析 本 療法では神経症は体質的遺伝的に発症していると考えます。だから神経症の原因は根が深い。単なる気のせいと考えて心理をいじりまわすと次第に神経症は悪化 の一途になります。強迫観念とは脳の一部が正しく機能してないために誤って出たシグナルと解釈します。それではその正しく機能しない脳をどうして元に戻す かをここに示すのです。

脳が正常ではないと言いますが果たしてハードの問題かあるいはソフトに問題があるかこれもはっきりしないが、我々の脳は生物コンピューターであるからソフ トとハードはお互いに関連していて互いに補完している。ここで私は神経症の原因は正常に機能しない神経回路の為と仮定します。間違った回路を閉鎖して新し い健全な回路を作成すれば神経症から開放されると考えます。その為にはどうしても機能しない回路を一時閉鎖して遮断しないと新しい回路の創生は不可能で す。神経症の人はこの機能不全回路を使いながら新しい回路を作成しようと努力しているがそれは全く成功しない。

本療法で は機能不全になった古い回路を完全遮断する事を要求します。遮断に成功すると我々の脳は生物スーパーコンピューターであるから生物学的柔軟性が発揮されそ れに変わる新規の回路が作成される。次第にその回路はたくましさを増して古い回路がたまに邪魔をしても十分耐えながら正しい指令を出すようになる。
治療法補則
  1. 原則として薬を飲まない。但し補助としての役割は否定しない。神経症の強迫観念、不安は大変強くその直撃下で本療法を実行するのは難しいことが多く薬である程度不安のレベルを下げるのはやむを得ない。しかし薬に全面的に頼る生活を禁じる。上に述べたように今まで長く薬を飲んでいる人は止める時に徐々に止める事。いきなり止めると危険な事があります。

  2. 今までのあらゆる療法を否定します。特に森田療法は似て非なる物なのですぐ停止する。

  3. あらゆる神経症関連の本を読む事を禁じます。矛盾しますが、このホームページさえ頻繁に読む事を禁じます。要するに神経症を治すために情報収集をしてはならない。

  4. 原則として医者に行ってはならない。このホームページの対象となる神経症は殆ど医者に行っても効果が無いし行かない方が神経症がすっきり治る。但し境界領域の人も訪れますのでこの人達を止めるものではありません。

  5. 神経症の解放は完全に一人の努力で行われる。孤独に耐えて強迫観念と真に向き合ってそこから脱出する一人だけの戦いです。集まって討議する種類の物で無い。同病相憐れむは全く効果が無く、同じ苦しみを持つ人を多くこの場所に発見してもそれは治療とは直接関係がありません
神経症が治った人の役割 神経症が治った人の役割は非常に大きい。家に篭って人を指導するなんかごめんだと言う態度は神経症が治った人のする態度ではない。もしそう貴方が考えているのなら貴方は神経症が治っていない。

神経症が治るとはもう一度生まれなおしたようなものです。人が生まれ変わったら積極的に社会に貢献しないとならない。神経症が治るとはある意味で奇跡が起きるのであるから、その経験を積極的に社会に還元するべきです。特に治った人の意見は後輩に大切です。

人は一度神経症の地獄に入ると殆ど単独ではその暗闇から出るのは不可能です。神経症者はその暗夜の洞窟から出るのに道案内が必要です。出口は一箇所のみです。この出口は治った人だけが見えるのです。
本療法を実施する上での困難
本療法その物が強迫観念になる
こ れが最も厄介な問題で大抵の神経症者が上手く行かない原因になっていると思う。神経症になると強迫観念が強いため藁をもつかむ行動を繰り返す。それの連続 を何年もしてきて今本療法に巡り合うわけだが、今までの延長線で実行する事になる。それだと同じ誤りの繰り返しになる。本療法はヒントであり閃きで無いと ならない。方程式を解く作業であってはならない。瞬時に理解すべきで分からない時は無理に言聞かせてはならない。
妄想と正常観念の境目が分からない
神 経症者は妄想の世界にいる。何時入って何時抜けているか判然としない。一生懸命正常に判断しているようでも神経症と言うコップの中で七転八倒しているのが 分からない。この中で本療法を無理に分かろうとすると努力が更にコップの中でのもがきになってしまう。こう言う時はもう打つ手が無く、時間の経過を待つか 速く寝るか薬を勧めます。そう言う意味で薬を全面否定するものではない。
強い不安を起す場所にいながら本療法をするのは難しい
私の経験からすると強い不安が発生する場所では本療法は実行不可能であります。それと強い強迫観念に 曝されて思考が大混乱している時も実行は不可能。だから神経症を治すにはある程度の安らぎの場が必要です。対人恐怖の人には社交性を要求される職場は勧め られません。パニック障害の人に新幹線に乗りながら本療法を実行するようには言えません。あくまでも自分に優しく、無理をせず嫌なもの不安を起すものから 自分を遠ざけつつ本療法を実行する事を勧めます。
本療法がやさしく実行できる時
強迫観念が荒れ狂いその頂点に達した時
何もするなは皮肉にもあれこれ算段して苦しみもがき、しかも何をしても効果がなかった苦しみの頂点で意外にも簡単に実行できるものである。読者にも試してもらいたい。
安らぎの時
一 般に不安の現れる場所で本療法を実行するのは容易でない。一度囚われが始まり思考が暴走し始めると何もしないは殆ど出来ない。比較的容易なのは自分の家に 帰ってある程度心に余裕が現れた時、翌朝まだ強迫観念が起きる前、毎日の不安が発生する前に自分を振り返って自分がやってきた誤りに気づくと本療法は比較 的容易に実行できる。
坑不安剤を飲んだ時
坑不安剤は短時間だが強い不安を押さえる効果がある。飲んだ後の数時間は思考の暴走が奇跡的に停止することが良くある。こんな時は何もしないが容易にできる。ただし薬を飲み過ぎてぼんやりした状態では効果は薄い。あくまでも薬は補助と考えるべきである。
恥ずかしがりと対人恐怖の違い 時々この違いが わからない人がいる。恥ずかしがりとはその人の気質であり、子供で言えば社会に対する不慣れであります。それに対して対人恐怖は思考障害を伴う一種の精神 障害であります。だから対人恐怖の人が非常に会合を恐怖したりスピーチをする時に異常にあがったりするのは思考障害の結果現れた1つの症状であるに過ぎず それ以外に多くの思考の混乱が見られる。神経症では心の自由度が喪失されているのが顕著な特徴です。

だから熱がでた時は全て風邪と判断するべきで無いように赤面恐怖、視線恐怖、異性恐怖、対人恐怖を単なる恥ずかしがりと考えてはならない。
他の療法に対する見解
森田療法
今から約80年前に始められた大変ユニークは療法で恐らく世界でもあまり見られない療法ですが敢えて言えば行動療法に近い。積極的に神経症を克服するやり方で私もその考えに大いに共鳴して入院三度、本を読むこと30年費やしましたが結果は散々なものであった。
私はこの療法に決定的な間違いを発見して私の無為療法を始めました。読者も私のホームページをしっかり読んでその違いを見出してもらいたい。
行動療法
こ れはアメリカで頻繁に宣伝されている療法であるがその有名さと実績は全く裏腹の関係にあり、今までアメリカのニューズグループでかなり効果があったとか 治ったと言う書き込みは見た事が無い。邪推するに神経症者をがっかりさせないために医療機関は嘘を書いていると思うほどである。行動療法はアメリカ版森田 療法と言っても良いくらい患者に訓練を要求します。恐怖の度合いに応じて1から10までの段階表を作りその一番下のもっとも不安が低いレベルの環境から不 安になれる訓練をするらしい。その過程で自己催眠を応用しつつと。しかしこんなやり方は神経症を患った事が無い精神科医が方程式を解くやり方で案出したと 思う。我々神経症者から見ると全くナンセンスの極みで最初からやる気が起きない。
催眠療法
100年以上も前からある療法で神経症には効果が無いととっくに結論が出ている。効果があるなら医療機関で取り上げるはずでそれ以上の説明も必要が無いくらいである。
自律訓練療法
手が暖かい足が温かいと暗示して実際暖かく感じるように訓練する。その結果リラックス状態に導くと言うのだが実際には神経症には全く効果が無い。恐怖の場面に遭遇すると練習成果が一瞬にして吹き飛ぶ。この療法も説明する必要が無いくらい各人が既に効果無しと了解している。
座禅
昔 から神経症に悩む者を引きつけて止まないものに禅があった。私も参禅した事があるが、神経症には有効でない。禅は宗教で医療ではない。禅の悟りは煩悩から の超越であって強迫観念の治療ではない。座禅は幾らしても強迫観念を和らげない。その効果を期待する態度が更に強迫観念を招く。
他の宗教
一度だけ創価学会に入信した人から神経症が治ったというEメイルを貰った事がある。しかしこれだけでは効果がある事を確認出来ない。宗教は宗教を目的にしているのであって神経症を治すとは次元が違う。宗教に入信しても神経症は治らないと考えるべきである。
自己流療法
神経症と は妄想の世界。妄想の世界で幾ら療法を開発して実行努力しても意味がありません。分裂病の患者が自分は監視されていると妄想して何かを実行するのと似てい てその行動からは解決は無い。神経症が治るとは自己流療法を停止する事から開始される。神経症の外側の世界に出て始めて解決される。
神経症回復の兆候
  1. 鬱の消滅                                            
     私の経験からすると本療法を実行すると鬱が最初に消える。神経症者が毎日激しい強迫観念に曝されると二次的症状として鬱状態になる。鬱が消えると大幅に生活がしやすくなるのだがその兆候は本療法を実施したその翌日からでも現れる。

  2. Mood Swing の軽減                                     敢えて英語を使ったのであるが気分の激しい上下動の意味です。これも比較的短時日に起きる。神経症では気分の上下が激しく健康人の心は全く平坦です。心が平らになるのが大事でこれが健康になる道しるべです。

  3. 心の準備動作の消滅                                            勿論本療法はこれを目的にするから準備動作が消滅して当たり前な のであるが、神経症の時に比べて大幅に準備動作が無くなる。しかも自然に準備をしなくなるから、余ほど不安が起きそうな場所を除いて日常では準備のための エネルギー消費が殆ど無くなる。これは同時に予期恐怖がなくなる事を意味している。

  4. 疲れなくなる                                             
     神経症とは思考が暴走して止まらない状態になっている。それが苦しいから何とか止めようと努力して更に暴走を許す事になる。この時脳内では前頭葉が大車 輪の働きをして必死に思考のプロセスを正常にしようと努めている。その結果大量の血液が消費され結果的に一日が終わるとぐったりとしてしまう。この思考の 暴走が殆ど止むから当然疲れなくなる。

  5. 間違いが減る。記憶力が良くなる。やる気が出る。頭の回転が速くなる。人生に明かりが見え始める                                            
     要するに健康人と同じになってくるのであります。神経症の時はエネルギーの大半が妄想との戦いに消費されているから間違いが多く発生する。ストレスホル モンであるコルチゾルが多く分泌されて記憶障害も起きている。心が一箇所に固定されるから頭の回転は甚だ悪くなっている。

  6. 症状の軽減か消滅                                     
     
    症状は意外に取るのが難しく私の異性恐怖は今でも好きな人には起きる。しかし一般的な異性恐怖、対人恐怖は大幅に消える。完全消滅は難しくても欲さえ出さなければこれで十分人生を楽しめるようになる。100%消す事が出きるかどうかは皆さんがチャレンジしてもらいたい。
回復に要する時間
短期間とも長期間とも言える
本療法をすると生活態度が一変して今までの神経症的生活が無くなるから短期間の内に人生は大変化するのであるが、我々の強迫観念を産出する脳は基本的にはあまり変わっていないから、そこから出る誤ったシグナルがしばしば悪さをする。
最 初の内、心は神経症のときと殆ど変わらずしばしば神経症真っ只中の経験をするが年数が経つに連れて次第に安定度が増して日常はほとんど神経症とは無縁の状 態になる。それでも時たま起こる神経症のフラッシュバックから完全にフリーになるのは難しい。だからと言って私は今他の療法をやる気には全くならない。本 療法ほど効果がある療法は今の世の中には存在しないからです。神経症発生には脳のハードとソフトの両面が関与しているのであろう。あるいは正常に作動しな い神経回路が関与しているのかも知れない。
新しい正常な回路を作ってたくましくして、古い回路からの邪 魔にもほとんど影響されないものに仕立て上げて行くには長い年月が必要であろう。あるいは若い人には生きている間に奇跡の薬が出るかも知れない。しかし我 々はそれを待っているわけには行かない。毎日貴重な人生の日々が失われて行くからである。
神経症治療の難しさ
唯一の司令塔が病んでいる
ここに神経症解決の難しさの全てが潜んでいる。例えば手を怪我したとする。怪我を発見して判断するのは手でなく脳である。この場合は正しく判断してその部分をどの期間安静にしていれば治ると理解して実行する。そして間違い無く治る。
所 が病んでいるのが脳となると話しが全く違う。まず病んでいると言う認識が病んだ脳に出来るかが怪しい。例え分かってもどうしたら回復出来るかの正しい指令 は病んだ脳には殆ど不可能。しかし苦しいから病んだ脳は無理をして何とか健康になろうと努力するわけであるがこれが悪い方向に行っていると神経症脳には判 断が出来ない。この苦しさは神経症を患った事の無い人には理解出来ないのであるが、八方塞がりの状態になり思考は大混乱に陥る。人生は全く闇の中の状況に なる。
神経症回復の唯一の手がかり
それは安らぎで あり自然治癒力であり我々が意思の力ではどうにもならない癒しの力です。強迫観念が潮が引くように去って行くのを貴方が意図して求める事が出来ない。我々 はこれには全く無力であるのを認めよう。ただ本療法がしているのは自然治癒力、癒しの力をより早く頻繁に起させるように導いているだけです


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