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私のホームページを読んだ人から”一生動き続けないとならないのか”の悲鳴が時々聞こえてくる。これは甚だ心外で、私は一生動き続けよと命令した事も無いし、動き続ける必要も無い。 健康な人は自分が動き続けている意識は全然無い。むしろゆっくりやりたいこと、好きなこと、やらなければならないことを続けているだけで、それが苦痛ともなんとも思っていない。ウルトラマンさんが上手く述べているが「健康人は毎日が楽しい。それに比べ、神経症者は毎日が苦しい」と彼は言う。神経症が治った私は毎日が楽しいし、動き続けよの命令はまったく無い。それでいて自分の体は常に動いていて何かを処理している。だから私の仕事の処理は速いし判断も正確であるから、信用が高まり自然と収入が増加する。もちろん私に対する信頼感もあるだろうから、友達も増えてくる。 不思議なのは何故神経症が治ったと主張するキザ氏が神経症者と一緒に「無為療法では一生動き続けなければならない」と非難するのであろうか。今神経症である貴方に問うが、貴方が神経症になる前に動き続けなければならないなんて思ったことがあったであろうか。子ども時代に遊び続けなければならないと思った時があったであろうか。 健康世界とは強迫観念の無い静かな世界です。何も自分に命令する言葉がない。目は輝いていて顔は血色が良くつやがあった。だから自然と友達が沢山出来て楽しかったはずです。 現在の貴方は動けない。毎日強迫観念との対話で忙しく、強迫観念と対話している時だけ安心する。その時に貴方は次のような言葉を発するであろう。 「斎藤さんの言う雑用などしても何の得にもならない。お金は入ってこないは、女との出会いは無いは、雑用で1日終わる人生なんて嫌ですね。自分にとってプラスになる事をどんどんチャレンジしたいです」私もそのように思い、17歳で対人恐怖、異性恐怖を発病して以来、異性に近づく努力と対人場面で勇気をつける努力をして来た。気がついたら48歳でトラック運転手をしていた。もちろん結婚もせずアパートでひっそりと暮らして言わば社会の落伍者になっていたのです。 貴方は神経症とは重大な脳の障害であると理解しているであろうか。神経症は脳の狂いなのです。拒食症の人が体重が30kgに近づいているのにまだ容姿にこだわり食事を拒否するのに等しく、神経症になると既に人生が崩壊しているにも関わらず、女性に近づく努力を繰り返し、対人恐怖を克服しようとする。貴方の顔は既に病人のそれであり、会社としてもとても使えるとは思えないし、女性も近づこうとは思わないであろう。 貴方に取って1にも2にも大切なのは健康を回復することであり、目の前の簡単な物事を処理して幸せを感じることなのです。健康世界ではただ生きることに幸せを感じる。彼女がいなくても、アルバイト生活でも、生きていることそのこと自体が楽しい。当然顔にも体の動きにも表れ、人は近づいてくるし、仕事も飛び込んでくる。仕事を適格に処理し、学生であれば普通の努力で試験を済ませる。 この簡単な一歩を踏み出す勇気を持たず、自分の脳から出る命令のまま彼女に近づく練習をし、人生にプラスになるチャレンジをすると、貴重な一生が神経症で終わってしまう。神経症とはそれほど厄介で治療の困難な心の病気なのです。 ホームページへ |