- 齋藤に無為療法に入っているかの判定を要求する
神経症が治るとは、治る治らないを今後一切言わないと宣言した状態だから、治りの認定を要求する場合は神経症である。
- 心理表現の長い文章を書く
神経症が治るとぐずぐず言うのが面倒になる。暇があるなら立ち上がって身の回りの雑用をテキパキ処理する。それに対して神経症者は妄想の世界でしきりに心理分析を繰り返す。
- 仕事、勉強の大事さを説く
神経症者は神経症が一大事であるのに気が付かないで、目先の目標を追求する。神経症が治っている人は神経症の重大さを知り、仕事も勉強も放棄する覚悟が出来ている。
- 神経症が治っていないと言われると激怒する
無為療法で治った人は、神経症の治りを最早追求しないから斎藤に治ってないと言われても気にとめない。神経症者は治りに最後の望みを賭ける為に、治ってないと突き放されると激怒する。
- 一向に立ち上がれない
神経症が改善したと言いながら、立ち上がれと言うとそれを拒否する。ひたすら強迫観念との会話を好み、自然な動きが消滅している。
- 思いやりを口にする
神経症者は、外部の状況を把握できなくなっている為に礼を失することが多い。そのくせ思いやりを言う。神経症が治るとより具体的な動きを追求するようになり、空疎な言葉よりテキパキと大人としての義務処理を要求する。
- 情報探しと質問が止まらない
私のホームページでは5年以上見ていながら質問が止まらない人が沢山いる。今日も明日もひたすら神経症関係の情報集めをしていて、止まらない。神経症はこの強迫行動がある内は解決が無い。
- 雑用より本来の目的を追求したい
神経症とは今、目の前の些細な処理が出来ないで、明日の恐怖を如何するかの思考に張り付いた状態ある。だから彼等は雑用を拒否して恐怖の克服を考え続ける。その姿勢が"雑用より本来の目的を追求したい"に現れている。
- 神経症が改善したと言う
神経症は改善病である。改善改善と言いながら30年の月日はあっという間に過ぎ去る。神経症を治すとは今後一切改善の言葉を口にしないと決断する事だ。
- 薬が効果ある
薬が効果あると言う場合はかなり状態が悪い。その後を聞くと薬により救われたでは無く、更に悪化している場合が多い。
- 森田療法のマインドコントロールが抜けない
斎藤に日記を書いてきたり、森田療法指導者の言葉を口ずさむ。療法の停止ではなく、無為療法に名を借りた更なる森田療法の継続をする。
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