車内放送を控えてもらいたい

私は東京に生まれて人生のほとんどをここで過ごしたので、電車内の放送には十分慣れているはずですが、近年ますますこの放送がうるさく感じ始めたので我慢ならず、ここに1文を書かせて頂きます。最近は耳栓持参で静かな空間を得ようかなの切羽詰る思いをしています。

先ず音、音楽と生活の質の豊かさから述べたいと思う。思い返すに今から30年位前までは、街中を歩くと道路沿いに設置されたスピーカーから流行の演歌が流れていたものですが、何時からかこの野放しの音楽放送が消えた。未だあの頃は私も若かったから騒音に対して許容度が高く、これは良い傾向だ位にしか考えなかった。私が子供の頃、昭和25年から昭和31年頃はアメリカでヒットした音楽が街中で始終聞こえたものです。今でも忘れられないのはジョニー・レイが歌った"Just waking in the rain"で今60歳を超えた人は誰でも知っていると思う。

この音楽垂れ流し文化が今から30年ほど前から突如として消えた。今、東京の何処を歩いても音楽を聴かされる事は無いと思う。この街角から音楽が消えた時は、思い出す限り演歌から西洋風のポップミュージックに若者の好みが変化した時代だと思う。我々の生活が急成長の時代から落ち着いた真に豊かな生活を獲得した頃だろう。随分以前であるがヨーロッパの町では野放しの音楽放送は無いの新聞記事を読んだことがある。洗練された文化では音楽の氾濫はプライバシーの侵害であり、ラウドスピーカーで一方的に押し付けてくるのは低い文化の証明とその記事は解説していた。私はその当時、そんなものかなと人事のように読んでいた記憶がある。

所が、2ヶ月ほど前に沖縄に行って来た時に那覇で目にしたのは、我々の小学生の頃の思い出であった。国際通りの道沿いに設置してあるスピーカーから一日中沖縄民謡が聞こえてくる。沖縄旋律と蛇味線の音は我々の旅行者には大変エキゾチックに響き、何ら不快な思いをしなかったが、果たして地元の人はどう感じているであろうか。一瞬思ったのが本土との文化の差で、30年もあるのかであった。まあ、これ以外は沖縄は大変良い思い出を残してくれたので文化の差を述べるのはよそう。

手前勝手をお許し頂ければ、私の音楽の好みはクラッシック音楽でモーツアルト、バッハ、シューマン、ショパンが大好きです。聞いている内に立ち上がりオーケストラの指揮者よろしく、手を振り体を揺らすほどです。大体クラッシック好きの人は音楽感性に妥協がないから、ポップミュージックや演歌は聴きたくない場合が多い。しかしアメリカのブルースが好きな人は演歌は聞きたくないし、演歌が好きな人はベートーベンはうるさいと思うに違いない。音楽と言うのは人の感覚の最もデリケートな部分であり、人の好みを押し付けてもらいたくない部分です。だから成熟した文化では自然と垂れ流し音楽は消滅する。

前置きが長くなりましたが、山手線に今日乗って余り音量の大きい車内放送にうんざりして帰ってきたので、ついにこの文を書く気になった。放送は車内外国人向けの携帯電話を使用しないよう注意と、左あるいは右側のドアーが開くから注意、ターミナル駅での乗り換え線の案内等を録音された自動放送でする。次は日本語で同様のアナウンスを毎駅間でする。これでも間に合わないらしく、次は車掌がライブで同じアナウンスをする。

駅のプラットホームに降りると更に大きな音で、列車が入ってくるから白線の内側に下がるよう、駆け込み乗車をしないようにと録音された放送をする。その前に大きな警告チャイムあるいは音楽もなるから念が入っている。電車が到着すると今度は駅係員のライブのアナウンスが始まる。私は時々ホームで携帯電話を使う時があるのですが、余りの騒音で携帯の音が聞こえない。放送の内容は総てお決まりの内容で、特にお忘れ物が無いようには余り聞きすぎていてほとんど効力は喪失している。

ここで私の外国での電車乗車の経験で比較することにする。韓国のソウルの地下鉄は日本の車両よりサイズが大きく混み合いは大分緩和されている。ここの車内放送は多分におざなりであり、かすかな音量と怪しい音質で辛うじてやっている感じであった。韓国語での放送だから我々外国人には役立たず、駅に表示されている駅名、駅番号が大変役に立った。各駅には番号が付けられていて各線は色分けされているから、少し慣れれば外国人も簡単に利用が出来る。

香港の地下鉄はどうか。確か放送は全くなかったような気がする。香港の地下鉄建設は比較的最近だから車両もきれいで気持が良かったが、椅子は日本のようにソフトでなく、布もスプリングも無い金属のメッシュであったので尻が痛かった印象がある。

もう10年も前になるがロンドンにも行った。確かこの時も車内もホームでも放送が無かったように記憶をしている。印象的だったのはロンドン市内のある大きな駅で、ただ一声"Mind Gap"と太い男の声でアナウンスがあった。見たらホームがカーブになっていて、車両とホームの間にかなりの空間があったから、気をつけろの注意アナウンスであった。公平を期すために問題点も指摘しよう。ロンドンの地下鉄は100年以上も前に作られて、当時の土木技術の限界と人のサイズが小さかったために車両が極端に小さい。日本人でもドアー付近に立つと首を曲げないと立てない。車両の幅はかなり狭く、足の長いイギリス人が向かい合わせに座っている車両の中程は、ほとんど真ん中に立てない。ロンドンの地下鉄を見ると我々は良い地下鉄を持っていて良かったなあと思う。30年前には、イタリアのローマからフランスのパリまで列車に乗ったことがあったが、その当時ツアーのコンダクターからヨーロッパの列車は全く放送が無いから注意をするように言われた。なるほど列車が出発する時は何のアナウンスも無く、黙って列車はホームを離れ始めた。

日本も豊かな時代に入って長い。最近はむしろ長期の経済的停滞を経験しているがおかげで、バブルの時に比べて静かで落ち着いている。石原都知事のジーゼルエンジン規制により、東京の空気は世界の首都の中でも最も空気のきれいな都市になっている。

また昔話ですが、今から40年前までは東京は車のクラクションがうるさかったのを皆さんは覚えているであろうか。おぼろげではあるがある晩にNHKのニュースで、東京はアメリカに比べて自動車のクラクションがうるさいから静かにしようではないかと言ったのを覚えている。そのニュースがあってから間もなく日本から車のクラクションが消えてしまった。日本は成熟した文化になる過程で、街中の垂れ流し音楽と自動車のクラクションを締め出したのだ。

東京は世界でも最も公共交通機関の発達した都市だ。もちろんソウルにもロンドンにも地下鉄があるが、東京ほどの網の目のような地下鉄も地上鉄道も無い。東京では何処へ行くにも鉄道だけで行けるし、大きなお店、事業所は総て電車の駅の近くに位置している。車両も大きくて清潔であり渋滞の問題は一切ない。この大変便利な公共交通に我々は家を出た瞬間一定時間身を預ける事になる。この貴重な時間に、いらぬ車内アナウンスに私は閉口している。

大体電車は大変良く出来ていて、乗り過ぎても簡単に引き返すことが出来るし、今どの辺を走っているかは車内にあるマップと駅の表示で確認できる。最近は更に便利になり車内の液晶ディスプレーで現在位置を表示もしている。この至れり尽くせりの条件があるのに、あれほどがんがん車内放送をするのは迷惑以外の何物でもないと思うのだがどうだろうか。

駅でのアナウンスも白線、黄色線がはっきり書いてあるからそれをはみ出して電車に触れる人は余りいないと思う。これほどまでに執拗に放送を押し付けるのは、鉄道会社の言い訳のためであろうか。万が一事故が起きてしまった時に、自分は十分注意を喚起しておいたはずだからこちらには責任が無いと主張するためか。あるいは日本人は何から何まで上から指導されるのを好む人種なのであろうか。もうそろそろ自分の危険、間違いは自分の責任であるから、俺の空間に音声で侵入してくるなの意識は芽生えないものだろうか。

ある嫌な経験を池袋発飯能行きの急行列車で経験した。この列車の車掌は飛び切りボリュームを上げて繰り返し放送をしまくった。苦痛を受けているのは私だけかと思ったが、向かいを見ると顔をゆがめている人もいる。私はついに我慢ならなくなり、小手指で電車を降りて次の鈍行に乗り換えた。この車掌はどうしてあれほど音声を上げたのであろうか。社内規定では音声を出来るだけ上げるようになっているのか。自分をひけらかしたい程度の欲望からか。

自動車のクラクションが街中から消えて40年も経つのに未だうるさい車内放送があるのは多分に日本人の特性から来ているように思う。己を抑えてグループに適応しようとする習性、教室で余り質問をしないで一方的に教師から受ける授業、お上依存、官尊民卑等。

我々の安全は総てお膳立てされているから保証されると考えるのはよそう。例えば道路を渡る時に信号への過度の信頼は危険であるように、安全は各人が十分注意した時に始めて達成される。安全の数値は入る情報と各人の注意が適度にマッチした時に最大値になると思う。我々は入る情報が少なくなるとむしろ緊張し、判断を間違いないようにする。車内放送が少なければそれ以外のチャンネルから情報を得ようと緊張し乗り間違いを防ぐ。

日本は大分経済が停滞しているが、未だ収入は世界のトップグループに位置している。アメリカより家は小さいが公共交通の発達により快適な社会を実現している。空気汚染も少なく犯罪が少ない東京を更に快適な空間に塗り替えようではないか。それには我々の貴重な時間である電車での時間を静かで豊かなものにする必要がある。私は電車の中で本を読むことが多いし、周りの人も携帯電話のキー操作をしたりイヤーホーンで音楽を聞いたりしている。この人達のプライベートの空間をうるさい車内放送で侵略するのは控えてもらいたいのが私の切なる願いなのです。


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